もくじ
第0回納豆 2016-11-08-Tue

北海道出身
北海道育ち。
『水曜どうでしょう』が大好きな子どもでした。

わたしの好きなもの</br>納豆

わたしの好きなもの
納豆

担当・sunrise

おいしい。
だから納豆が好きなのは間違いないのだけれど、
果たして、それだけなのだろうか?

忙しくて夜遅くに帰ってきても、
風邪気味で食欲がないときでも、
絶対に納豆だけは食べて寝る。

しかし、そんなわたしにも納豆が嫌いな時期があった。
小学生だった時のほんの短い間だったけど、
その時期があったから、
なおさら納豆が好きになった気がする。

納豆

わたしには歳の離れた3人の姉がいて、
小学2年生の頃には
姉たちは中学、高校、大学への進学を控えていた。
父だけの稼ぎで、娘4人を大学に進学させてくれた
父の勤勉さと母の努力には今も本当に感謝している。

けれど、その頃のわたしは
父や母の苦労を理解してあげられなかった。

毎週月曜日になるとクラスメイトが週末の話をする。
「おいしい焼肉屋さんに行った」とか
「ファミレスに行った」という話を聞いて、
ただただ、うらやましかった。

うちは外食を一切しなかったし、
お肉が食卓に並ぶことすら、ほとんどなかった。
その代わりに毎日納豆が出てきて、
「納豆は畑のお肉だからね~」
それが、母の口癖だった。

母の料理は間違いなくおいしかった。
だけど、クラスメイトをうらやましくて、
おさえきれない気持ちを
ぶつけるようになっていった。
「焼肉が食べたい!」
「なんでうちはお肉が食べられないの?」
母はいつも気まずそうな顔をして
「ごめんね」と言い、
お肉の代わりに『おから』を使った
コロッケなどを作ってくれたが、
わたしはまったく満足できなかった。

そんなある日、
わたしがいつものように文句を言っていると
姉(次女)がわたしに言った。

「いい加減にしなさい!
わたしたちのために、
お姉ちゃん音大に行くの諦めたんだからね」

お姉ちゃんとは、音楽が大好きで
音楽大学を志望している長女のことだ。
昨晩、父と母と長女が話し合って決めたことだという。
母は泣いていたという、『ごめんね』と言って。

その日の夕食、父は仕事でいなかったが、
母と姉たちとわたしは、いつも通りに食事をした。
長女は何もなかったかのように、
ワイドショーの芸能ニュースを母に聞いていた。
昔から長女は気丈な人だった。

長女とわたしは歳が離れていることもあり、
いつもかわいがってくれた。
ピアノをよく教えてくれて、宿題も手伝ってくれた。
それなのに、現実は、
妹たちのために、行きたかった大学を
諦めないといけなかったのである。

わたしは、自分が本当にバカだと思った。
母の気持ちも考えると、もっと辛くなった。
たぶん、あの時はじめて
『情けない』という気持ちを知ったと思う。

それから、もうぜったい文句は言わないと決めた。

今でもたまに実家に電話を掛けると
「忙しくても納豆はちゃんと食べなさいね」
と母は言う。

長女は30歳を過ぎた後に一念発起して
大学に行きなおし、
今は中学校で音楽を教えている。

お気づきの通り、納豆が好きな特別な理由はない。
ただ、家族と食卓を囲む時間が本当に好きで、
そこにいつも納豆があった、
それだけのことなのかもしれない。
でも、わたしもいつか母親になったら言うのだろう。
『納豆は畑のお肉だからね~』って。