我が家では昔から、毎年節分には
家族そろって、歳の数だけお豆をたべます。
幼い頃、
「節分の日には鬼が街中をウロウロしていて、
お豆をたべていない家にやってくる」
というはなしを聞いて以来、
節分の日には率先してお豆をたべていました。
そして、そんなことを毎年続けていくうちに、
私は「節分のお豆」のとりこになったのです。
カリッとした食感と、噛めば噛むほどに感じる豆の味。
小さくって、コロンとしたフォルム。加えて、栄養たっぷり。
「節分のお豆」を、もっとたらふくたべたい!
そう思う気持ちはやまやまだったのですが、
”節分には歳の数だけお豆をたべる”
という、誰かさんが決めた暗黙のルールによって、
子供の頃は心ゆくまで
「節分のお豆」をたべることはできなかったのです。
お豆好きとしては、1年に1回、
しかも、
自分の歳の数だけしかお豆が食べられないことが
残念でなりませんでした。
しかし、「もっとたべたい」と欲張れば、
街中をウロウロしている鬼たちに(前述)何かされるかも、
そんな恐怖心から決して節分の日に
歳の数以上お豆を求めることはしなかったですし、
「節分のお豆」は節分の時期にしか
世の中に出回らないものだと思っていたので、
節分の日以外にお豆のことを考えることはありませんでした。
しかし、歳を重ね、大人になった今。
私の「節分のお豆」への憧れと”好き”は
やむことはなく、ますます大きくなりました。
2年ほど前、家の近くのスーパーで
衝撃の出会いを果たしたのです。
「6月なのに、節分のお豆が売っている!」
節分とは季節はずれな6月に、スーパーに並ぶ節分のお豆。
「煎白大豆」と名付けられ、
袋にたくさんのお豆が入ったそれは、名前こそ違えど、
見た目は私が大好きな「節分のお豆」そのもの。
え、こんな時期に節分のお豆って売ってるの?
驚くと同時に、ちょっと興奮しながら、レジかごに入れたのでした。
家に帰ってから、早速お豆の入った袋を開封。
それまで約20年間守ってきた
「1年に1度、歳の数だけルール」を破ってしまうことに
ほんの少しうしろめたさを感じながら、
一粒ぱくり。
「おいしい。これこれ、この味!」
節分でなくても「節分のお豆」をたべることができる。
これまで1年に1度しか味わうことのできなかった大好きな味を、
何でもない日にたべることができる。
そんなことに感動をし、
好きなものを、好きな時に、好きな分だけたべれることに、
私も大人になったなぁと実感した瞬間でした。
以来、私はバッグの中にほぼ毎日「節分のお豆」を忍ばせ、
おやつの時間や、小腹がへったときににお豆をパクリ。
昔は、なかなかたべられなかった大好きなお豆を手軽に、
ほぼ毎日食べることができるようになりました。
大体一袋を一週間程で食べきってしまうので、
「節分のお豆」を買うために
頻繁にスーパーに通うようになりました。
きっとスーパーの店員さんからは
「よくお豆を買うお客さんだ」と思われていることでしょう。
好きなものは、いつだってたくさんたべたいのです。
(おわり)