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第1回ツルに、恩返し 2017-04-18-Tue

かとうです。
おさかなやペンギンのことを考えることを仕事にしています。
ホットドックが大好きな社会人5年目です。
よろしくお願いします。

ツルに、恩返し

ツルに、恩返し

担当・かとう

3月中旬の北海道・釧路。
見上げた氷点下の青空を、数羽のツルが飛んでいきます。
浮かび上がる白と黒のコントラスト。

その時、私は、言葉にならない感動に打ち抜かれました。
ありきたりな言葉を使うと、「一目惚れ」してしまったのです。

日本で一般的に見ることが出来るツルは、ナベヅル、マナヅル、タンチョウの3種類。
この中で「ツル」と聞いてイメージされることが多いのは、
白黒の体で、頭に赤い差し色が入る「タンチョウ」という種類かと思います。
正式には、ツル目ツル亜目ツル科ツル属タンチョウ。学名はGrus japonensis。

古くから、銅鐸に彫られ、枕草子に登場し、若冲に描かれたツル。
昔話の中では美女に姿を変え、近年では、1000円札の裏面に美しく刷り込まれたり。

ツルに心を奪われたのは、どうやら私だけではないようです。
日本人は昔から、恋してきたのです。きっと。

でも、それって一体、何故なのでしょうか??

ツルからもらった感動を、少しでも誰かにお裾分けしたくて。
誰かの情緒に訴えかけられる表現力を持たない私は、
一冊の図鑑を開くことにしました・・。

日本人なら是非知っておきたい?ツルの魅力を、
主観を込めてお届けします。

※本文で「ツル」と書く際には、特記がない場合は「タンチョウ」を意味するものとさせて下さい。

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「ツルはなぜ、日本人に愛されてきたのでしょうか?」

書物を開くと、いろいろなことが書いてあります。例えば、

①ツルは日本に稲をもたらした「穂落神(ホオトシカミ)」とされた
(『日本書紀』や『古事記』に記述があるようです)

②ツルは亀と共に長寿の象徴とされた
(中国から渡来した思想のようです)

③ツルは結婚の確かさの象徴とされた
(ツルは一度つがいになると、原則、生涯同じ夫婦関係を保ちます!)

などなど。
今でこそ北海道東部の限られた地域にしか残されていませんが、
かつては本州でも見ることが出来た、ツル。

縄文時代には食用として知られていたらしいこの鳥は、
歴史の中で徐々に「おめでたい」生き物となったようです。
その過程で、多くの作品に取り上げられ、その作品を見た人によってさらに神格化されて・・
という繰り返し中で、お札の裏面に刷られるほどの人気にたどり着いたことが予想されます。

と、ここまでが教科書的な回答なのですが、
どの本を読んでもきちんと語られていないことが一つ。

それが、“最初のきっかけ”です。
「おめでたい」生き物になるためには、
そもそも私たちの遠いご先祖さまの誰かが、
「いいじゃん、この鳥」と思うことが必要だったはずです。

それは、一体何だったのでしょうか?
悩んだ挙げ句、私は平凡社から出ている『日本の野鳥650』という本を手に取りました。

日本で見られる、見られたことのある約650種の鳥を、
美しい写真と共に掲載している図鑑です。
(ちなみに、この図鑑には「日本に迷い込んだ観測例がある鳥」として、モモイロペリカンやハクトウワシも登場します・・すごい!)

かつて経営学の世界では、ポーターが1980年に競争戦略を唱え、
他と異なることであるものが地位を得る、
「差別化」という概念が生まれましたが、
これと同じことが、かつて日本鳥類界でも起きていたはず。
すなわち、ツルが他の鳥を差し置いて「おめでたい」地位を得るためには、
ツルが他の鳥類と「差別化」される「何か」が、きっとあったのです。

この「何か」を明らかにするため、私は図鑑を端から端まで何度も眺め、
ツルに一目惚れした時の自分の感情を、繰り返し思い出し
・・やがて3つの要素にたどり着きました。
これを私は「ツルの三大元素」と名付けることにしました。

とっても前置きが長くなってしまいましたが、
こうして発見した “古来より日本人を惹き付けた「ツルの三大元素」”
に基づいて、ツルの魅力を存分に語らせていただきたいと思います。

・・・・・・・・・・

三大元素1「色」

ツルをツルたらしめる一つ目の要素、それは「色」です。
ツルの色を改めて確認してみます。

白をベースに、目先から首にかけて黒色が入り、頭のてっぺんには『赤』い部分があります。

ちなみにこの『赤』は、血の色です。
皮膚がむき出しになることで、血の色がそのまま見えているという仕組み。
以前、この事実を暴くべく発信された「東京ズーネット」のtwitterは25,000を超えるリツイートを記録し、
「“タンチョウ 頭”はググるな!」などとも言われているのですが・・
長くなってしまうので、今回はその話は置いておきます(興味がある方はこちらをご参照下さい)。
ここで何より重要なのは、この白・黒・赤の組み合わせ。

就活必勝コーディネート(白シャツ、黒スーツ、赤ネクタイ)、
エジプト国旗(白は明るい未来、黒は暗い過去、赤は革命で流れた血)
など、日常生活ではしばしば見られ、色彩学的にも相性がいいとされる配色なのですが、実は自然界では中々お目にかかれないようです。

日本で見られる650種の鳥の中で、この配色を持つものは、
おそらく、アカオネッタイチョウ(写真左)と冬の雄ライチョウ(写真右)の2種類しかいません。

*厳密には、ユリカモメやアカゲラ等は多少近い色合いを持つのですが、
ユリカモメは「黒」ではなく「焦げ茶」、アカゲラは「白」ではなく「クリーム色」ということで、今回は対象外とさせて頂きました。

このうちライチョウはごく一部の標高2500m越えの高山帯、
アカオネッタイチョウは南の島にしか生息しませんので、
実質ツル以外で人目に触れる白・黒・赤の鳥はいなかったことが伺えます。

ツルの配色は、シンプルに見えて、実はとっても珍しいものだったのです。
そして、珍しいものに畏敬の念を感じるは、今も昔も変わらぬ人の性。

美しさと珍しさを兼ねた配色は、
日本人を射抜き、ツルを「特別な何か」に押し上げることに
大きく貢献したはずです。
(ちなみに、この配色のいきものを探すべく、『地球博物学大図鑑』も開いたのですが、鳥類の枠、日本というローカルの枠を超えても、この配色のいきものは極めて少ないようです。)

・・・・・・・・・・

三大元素2「大きさ」

次の要素は「大きさ」です。
雑な言葉で結論を言ってしまいます。ツルはとにかく大きいのです。

私たちが日常で遭遇する、「大きくて、びびってしまうことがある」鳥は、
知床などに住んでいる一部の方を除けば、
カラスやトビ(写真)になるのでは、と思います。

彼らの大きさは、大体全長50cm〜70cmです。

・・では果たしてツルはどのくらいのサイズなのか?
なんと全長140cmもあるのです。
日本で一般に見ることができる鳥類の中で、
ツルはナンバー1の大きさを持っていたのです。
(同じ全長を持つオオハクチョウとの同率1位です)

そして、ツルが両方の翼を拡げた際の大きさは、幅240cmにも至ります。
この240cmという数字を聞いてピンときました。

もう一つの本を取り出します。
『増補改訂フィールドベスト図鑑 日本の哺乳類』。
日本で見ることが出来るほ乳類がほとんど網羅されている、
とっても素敵な図鑑なのですが・・めくっていきます。
やっぱり。

日本の陸上ほ乳類では最大となる「エゾヒグマ」

マンガ大賞2016を受賞した北海道を舞台とする冒険活劇『ゴールデンカムイ』の中でも、恐ろしい生き物として度々登場する、おそらく日本で最も危ないほ乳類なのですが、そんな彼らでさえもサイズは155cm〜230cm。
ツルより、小さいのです。
クジラやトドなど海の生き物は例外ですが、
なんと、ツルは日本で見られるほ乳類と比べても、一番大きかったのです。

かつて森永製菓は自らのチョコレートの魅力を
「大きいことはいいことだ〜」と歌いましたが、
こと自然界において「大きい」ということは、
自らを上回る力を想起させ、恐怖や畏敬に結びつきます。
実際にツルが人間に直接危害を加えることはありませんが、
ツルのその大きく優雅な姿は、
古来より私たちに人知を超えた何かを感じさせてきた
・・のではないかと思うのです。

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三大元素3「飛翔」

いよいよ最後の元素。
それは鳥を鳥たらしめるといっても過言ではない要素、飛翔です。
まずは、空を羽ばたくツルの映像を見て下さい。

空を羽ばたく、羽ば・・
そうなんです、あまり羽ばたかないんです。

これこそ、私がツルの最大の魅力と考える飛翔方法
「グライディング」です。
翼を大きく広げ、羽ばたかないまま空気に乗る飛び方で、
ツルだけではなく猛禽類やサギの仲間などでも
一般に見られる飛び方ではあるのですが・・

この飛び方の美しさは、ある要素によって大きく左右されます。
それは、先ほどご紹介した「大きさ」。
一般的に、大きくなればなるほど、
少ない羽ばたきでグライディングすることが出来るそうで、
『自然のパターン』という書物によると、
飛翔する生き物の1秒あたりの羽ばたき回数は、
ユスリカ: 1046回、ミツバチ: 230回、ハチドリ: 100回、スズメ:15回、コウノトリ:2~3回と、見事にサイズに相関しています。

このことから、日本最大の鳥であるツルは、今も昔も
「日本で最もゆうゆうと少ない羽ばたきで飛翔する」
鳥であったと考えられます。

ご先祖さま達は知る由もありませんが、
当時、ツルたちの多くは毎年、大陸からあるいは北海道から、
時には数千キロに及ぶ「渡り」をしていたと考えられています。
一つ隣の村に移動するのも大変な時代。
殆ど羽ばたくことなく、空を超えて行くツルたちの姿は、
他の世界へのあこがれや好奇心といった気持ちと重なり、
他の鳥とは違う「何か」を想起させたのではないでしょうか。

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まとめ

と、ここまでツルの魅力について好き放題に語らせて頂きました。

もう一度まとめますと、
「色」「大きさ」「飛翔」
この3つの要素が絡み合って渾然とした魅力を産み出し、
ツルは「ちょっと他の鳥とは違うぞ!」という畏敬の念を
日本人に沸き上がらせたのではないか、
というのが、今回私がたどり着いた「ツルの三大元素」仮説です。

日本でほぼ唯一の美しい配色を持ち、
日本の陸上生き物の中で最も大きく、
日本で一番優雅に羽ばたかずに飛翔するであろう鳥。
それがツルだったのです。

古代の誰かが本当にこんなことを考えたのか?
真相は残念ながらわかる術がありません。
ですが、ツルが何で特別な鳥になったのか?を考えることで、
僭越ながら、ツルの魅力を、私のツル愛とともに、
ほんの少しでも、お裾分け出来ればなと思い、
ここまで書かせて頂きました。
沢山の感動をくれた、ツルへの、ささやかな恩返しです。

ぜひ一度、ツルを見てみてください。
出来れば、野生の飛んでいる姿を。
かつては日本の各地に出没し、
私たちのご先祖様を惹き付けていたツル。
知識を超えて、きっとあなたも揺さぶられるはずです。

最後まで読んで下さり誠に有難うございました。
「ツルを見てみたい」と思って下さった方がもし一人でもいらしたら・・
という願いと共にオススメのツルスポットをご紹介して、
結びとさせていただきます。

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おまけ ツルに会おう!

1.北海道:鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリ

ツルがいるから「鶴居村」。何とも素敵なネーミングです。
おそらく今の日本では野生のツルが最も見やすいこの地域。
いくつかスポットはあるのですが、一番ツルが見やすく、背景も含めて美しいのが、このサンクチュアリでは・・と思います。
朝の早い時間から待機していると、集まってくるツルたちの飛翔を観察することが出来ます。

2.首都圏:葛西臨海水族園

ツルを飼育しているおそらく唯一の「水族館」。
屋外にある「水辺の自然」エリアにツルが飼育されています。
このツル展示の魅力は、何と言っても水族館ならではの豊かな水環境の中で飼育されていること。水辺に佇むツルの姿を楽しむことができます。
ちなみに、水族園のホームページを見ると、「かつての葛西周辺にもニホンコウノトリやタンチョウがくらしていた」と記されています。東京上空を飛ぶツルの姿。見てみたかったです。

3.関西圏:天王寺動物園

関西圏では最大規模で、日本で3番目に出来た歴史のある動物園。
この動物園のツル展示の魅力は、様々なツルの仲間と比べて見ることが出来ることに尽きます。
繁殖の取組みが活発に行われているのもポイントです。運が良ければ幼鳥を見ることもできるかもしれません。

4.その他:富山市ファミリーパーク

山一つをそのまま動物園にしてしまったような、豊かな環境が魅力のこの動物園。日本産の動物に力を入れていることでも有名です。この動物園のツル展示はとにかく広い。緑豊富な環境でのびのびと暮すツルを見ることが出来ます。私はまだ見れていないのですが、飼育員さん曰く、雪が降るともっと綺麗に見えるそう。寒さに強い方は是非、狙ってみて下さい。

*尚、日本動物園水族館協会のホームページの「飼育動物検索システム」によると、現在、ツルを飼育している施設は協会加盟動物園・水族館だけでも30以上。皆さまが住んでいる近くにも、きっとツルが飼育されている施設があるはずです!
(見たところ、四国にはタンチョウがいなさそうでしたが・・)
興味を持って頂けた方は、こちらのリンクから調べてみて下さい!

(おわります。)