もくじ
第1回わたしと挿絵 2017-04-18-Tue
第2回スポーツと挿絵 2017-04-18-Tue
第3回笑いと挿絵 2017-04-18-Tue
第4回わたしと挿絵とこれからと 2017-04-18-Tue

外にからだを開いた文章を書きたいです。ちょっと高い牛乳を買ってみる、終電で映画を観に行くなど、ささやかな挑戦の味が好き。

わたしの好きなもの</br>辞書の挿絵

わたしの好きなもの
辞書の挿絵

担当・曽根千智

第4回 わたしと挿絵とこれからと

わたしは、小学校に入学する前の冬、
はじめての国語辞典を買ってもらった。
小学館の学習国語辞典だった。
黄色くて、大きくて、表紙にはたのしそうな絵が、
たくさん描かれていた。

小学校に入ると、ことばの意味を調べるだけでなく、
コラムや挿絵だけを追って読むようになった。
こども向けの辞典なので、挿絵がたくさん入っている。
辞典をぺらぺらめくっていると、
勉強してないように見えるので、
ひとつの挿絵とその意味をじっくり見た。

中学校に入るとき、はじめて英英辞典を買ってもらった。
周りには英和辞典を使っている人も多かったけれど、
「英英辞典の方が単語を早く覚えられるよ」
との母のことばを信じ、おそるおそる分厚いページを開いた。

結論からいうと、中学生に英英辞典は早すぎた。
何を引いても、最初から単語がひとつもわからない。
宿題が終わらない。泣きそうになる。

わたしの頼みの綱は挿絵だった。
片っぱしから挿絵を眺め、英単語を覚えた。
学年も進み、だんだんと読める単語が増え、
辞書を引くのが楽しくなってくる。

以前より辞書となかよくなって、ふと挿絵を眺めると、
今まで使っていた国語辞典では、
見たことないようなタッチの絵だと気づいた。
線がとても細くて、白黒のシンプルな絵。
「これがアメリカなのか」と思った。
今度は「アメリカっぽいおもしろい絵」を探すのに夢中になった。

就職して、よく辞書を引く仕事をしている。
「えっと、この単語の意味はなんだっけ?」と調べ始めても、
挿絵があると手が止まる。

気になる。

気になってしかたなくなって、
とうとう探していた単語は、どこかへいなくなり、
気づくと知らない単語に囲まれ、漂っている。

そんなとき、わたしの気持ちはとても穏やかだ。
登山の途中、歩いてきた道を振り返って、
「おおー、けっこう歩いてきたなあ」と言いながら、
山の中腹で、持ってきたおむすびをみんな食べてしまう。
挿絵に誘われているときは、そういう満足感がある。

こうした辞書との楽しい半生がいま、
危機を迎えている。

最近、住人の人口流出が深刻だ。
というのも、近年改定された辞書には、
「よりリアルで正確な図解」を目指し、
写真が使われ、挿絵は少なくなってきている。

また、カラーの方が伝わりやすいということで、
全ての挿絵を、口絵としてまとめて載せる辞書もある。

確かに写真はわかりやすい。
挿絵は挿絵でまとめて載っている方が、
ことばを覚えるときには、便利かもしれない。

ただ、わたしは、この味わい深い挿絵を、
見られなくなる日が来るのが寂しい。
曲がり角で不意にぶつかるような、
そんな単語との出会い方がなくなるのが、とても寂しい。

シンプルで情報を伝えすぎない挿絵には、
想像の余白がある。
さらっと眺めて意味をつかんでもいいし、
じっと眺めて「なんでやねん」と突っ込んでもいい。
そんな余白が、残ってほしい。

歴史の教科書に落書きをしておもしろがっていたように
辞書の挿絵は、遊びと学びの間にある余白なのだ。

きょうも、辞書をそっと開く。
影に隠れた人が、飛び出して来るのを期待して。

(おわります)

※出典表記のないものは、すべてOxford Advanced Leaner’s Dictionaryです。良質な挿絵の宝庫です。お手元にある方はぜひ彼らを探してみてください。