中学2年になる、始業式のことだった。
‥‥と、その前に。
私の通っていた中学校が、
どんなものかを話しておかなければならない。
いわゆる普通の公立中学だ。
それじゃあ、説明する必要がない。
普通とはいえ、少し普通じゃないから説明する。
1学年2クラス。
全校生徒は200名ちょっと。
同じクラスになったことのない人も、
授業を担当していない先生も、
みんな知り合いのような学校だ。
誰と誰が付き合っている、だなんて噂話は、
あっというまに筒抜けになる。
先生と生徒の距離も近いし、
卒業した先輩は体育祭や文化祭に来てくれる。
校歌を一番ノリノリで歌うのは卒業生だ。
比較的、小さな学校だった。
話を最初に戻そう。
中学2年の始業式の日、
教室に入ってきたのは見慣れない女性の先生だった。
若くて、小柄で、美人系。
目が大きくてクリっとしていて‥‥。
あ、指輪してる、結婚しているのかな。
新しく学校に赴任してきた先生だ、
ということはすぐにわかった。
ちょっとだけ緊張しつつも、浮かれた教室の雰囲気。
女性の先生が口を開くと、一瞬で静かになった。
細かいことは後の学年集会で話す、しばらく教室で待機。
クラス替えの教室移動は、また後で。
事務連絡をして、その女性の先生は職員室に戻っていった。
サバサバしていて、強い口調だった。
「この先生は舐めたらだめだ」と悟るクラスメイト。
怒らせたらアウト。超怖いって、絶対。
うかつに話しかけられないよ。教科は何かな。
でも美人だったよね。名前なんて言うんだろう。
前方の座席に座っていた私は、騒ぐクラスメイトをよそに、
教卓の上の忘れ物に目を向けた。
あの先生の、教職用の手帳である。
学校支給と思われる、年間スケジュールだとか、
生徒の評価なんかに使われるものだ。
学校が小規模なだけに、提出物などの簡単なチェックは
手帳で済ませる先生は多かった。
視力には自信があったから、
少し腰を浮かせて名前をのぞき込む。
O先生、それがその先生の名前だった。
怒らせたらダメな先生。
その第一印象は、狭い教室で声を聞いた生徒なら、
誰もが共通に思うことだったと思う。
‥‥もう一度言うが、その中学校は小規模である。
生徒も先生も、大体顔と名前が一致している。
給食の時間は担任の先生を交えて雑談するし、
授業終わりに質問ではなくおしゃべりしに行く。
最近やってるあのドラマがおもしろいだとか、
さっき○○ちゃんが変なダンスを思いついたとか、
男子が廊下で逆立ちばっかりして邪魔ですとか。
第一印象が怖いからと言って、
怖じ気づく生徒はいなかった。
怖い、確かに怖そうな先生だ。
それは間違いない。
間違いなく怒らせたらダメだし、
下手に喋らない方が無難である。
無難どころか身のためである。
最悪の場合は視線で殺される。
ところがどっこい、あろうことか、
「先生何の教科担当してるんですかー」と
話しかけに行くのだ。
飛んで火に入る夏の虫どころか、
ネズミ取りに突進するネズミみたいなものだ。
ツワモノどころかアホの極みである。
そのアホの極みこそ他でもない。
当時学級委員で、
最初にO先生の近くに行くこととなった、私であった。