もくじ
第1回出国267日目、タンザニア。 2017-04-18-Tue
第2回出国687日目、メキシコ。 2017-04-18-Tue
第3回出国765日目、アメリカ。 2017-04-18-Tue
第4回出国937日目、タジキスタン。 2017-04-18-Tue
第5回帰国407日目、日本。 2017-04-18-Tue

自然と音楽とお酒と言葉とトライアスロンと晴れの日とバンジージャンプと甘いものとキリンと祭とぶり大根が好きです。

私の好きなもの</br>生きてる感

私の好きなもの
生きてる感

担当・松谷一慶

1062日間、旅をしていたことがあります。

2013年から2016年まで。
日本を出発して、アジア、中東、ヨーロッパ、
アフリカ、北米、中米、南米と、
81か国をまわりました。

でも、旅が好きなのかと聞かれると、
それは少し違うような気がして。
好きなものとして捉えるには、
旅というのは、多くを含みすぎているんです。
ただ、1062日も続けたということは、
きっとそこには続けたいと思わせる
何かがあったということで。

今回、「私の好きなもの」についての
エッセイに取り組むにあたって、
旅をしていた時のことを思い出しながら、
何が好きだったのか、その正体を探してみました。
そして、「生きてる感」というのが、
ひとつの答えになるんじゃないかと思い至りました。

思わずガッツポーズが出てしまうような嬉しさとか、
何かが始まる瞬間の震えるくらいの期待感とか、
体の奥底から熱く湧き出てくる高揚感とか。
すべての感情が混ざり合って、
思わず叫んでしまいそうになるあの感じ。
そういう「今、生きている」と感じる瞬間が、
僕にとって、旅をする原動力であり、
同時に、目的地であったような気がします。

今回は、僕が旅の途中で出会った「生きてる感」について
いくつかの思い出とともに書いてみたいと思います。
それでは、よろしくお願いします。

第1回 出国267日目、タンザニア。

真夜中、暗闇の中で、靴紐を結んでいた。
リュックを背負い、テントを閉める。
それだけの行動で息が切れる。

アフリカ最高峰のキリマンジャロ、
その頂上5895mを目指す、山頂アタックの日だった。

4日間かけて標高4640mの、
ベースキャンプまでたどり着いたのが今日の夕方。
すこし仮眠をとって日付が変わったくらいに、
出発することになっていた。

準備が終わると、ガイドのスティーブに呼ばれた。
体調のチェック、持ち物の確認と、
山頂までの大体のスケジュールの説明の後、
ゆっくりとしたペースで登り始めた。

標高5000mを超えてもしばらくは元気で、
山頂での日の出が見たいからそれに間に合うペースで進もう
なんて注文ができるくらいには余裕があった。

すこし苦しいなと感じだしたのは5300mを超えたあたり。
疲れや寒さに加えて、吐き気、頭痛と、
完全な高山症状が出ていた。
「しんどい」と思わず声が漏れていて、
打ち消すように「負けるか」と声を続けていた。
自分の中で二つの感情が争っていて、
僕は後者の自分を応援していた。

次第に苦しさは増し、
いよいよ意識が遠のきそうになった。
一歩一歩が重く、ほとんど目も開けれていなかった。
諦めようかな、と思った。
どうせ誰も見ていないし、
朝日はここからでも見えるし、
もういいかなと考えていた時、
前からスティーブの声がした。

「Don’t give up」

久しぶりに目線をあげた。
スティーブがこちらを振り返っていて、
星空が足元まで広がっていた。

諦めようとしていたのがバレているのが恥ずかしくて、
諦めようと思っていたこと自体も悔しくて、
あと、スティーブの応援は嬉しくて、
少し元気を取り戻し、そのまま歩き続けた。

いつのまにか暗闇ではなくなっていることに気づいた。
月はまだきれいなのに、地平線は赤く眩しかった。
白黒の世界にすこしづつ色が降ってきて、
それに応えるかのようにきらきらと雪が光っていた。
なんだか目が覚めた気がした。
さっきまでの暗闇が、苦しみが、
嘘だったかのように消えていくような、
冷たくて、でも柔らかな時間だった。

前にウフルピークの看板が見えた。
山頂。5895m。

少し立ち止まって、あがった息を整えている時、
ふと100m走のスタートラインに立っているかのような錯覚を覚えた。
陸上部だった高校生の頃を思い出した。

位置について、よーい。のかけ声が聞こえる。
しん、と世界が止まる。
1秒でもはやく辿り着きたい高揚感に背中を押され、
1秒でもここを歩き続けたい陶酔感に肩をつかまれていた。

ばんっ。
銃声を頭の中で鳴らして、100m走を始める。
全力疾走する力はなくて、かわりに、一歩一歩踏みしめて進む。

鼓動が早くなっているのがわかる。
これまで走った100mの中で一番好きな100mだと思った。
「生きている」と感じた。

そこには、苦しくても諦めなかった達成感があって、
見たことのないきれいな景色への感動があって、
憧れて望んだ場所になんとか辿り着けた安堵感があって。

そして、辿り着いてしまったという喪失感が、
ミキサーの中の氷みたくガラガラと異物音を奏でながら、
それらの感情を混ぜ合わせていた。

思わず笑みがこぼれる。
嬉しくて、楽しくて、ホッとして、物足りなくて、
それが、すごくいいなと思った。

見たことのない世界への挑戦は、やっぱり楽しい。

(つづきます)

第2回 出国687日目、メキシコ。