もくじ
第0回 2017-04-18-Tue

ひとつのことを、こつこつ続ける人が好きです。

わたしの好きな、松井のホームラン

担当・ふなわ

幸運なことに、
プロ入り第1号はこの目で見ました。
三塁側ベンチ上の「特等席」で。
文字どおり、突き刺さっていきました。
プロ野球ファンとしては自慢すべき瞬間ですが、
わたしには他にもう1本、
この目では見られませんでしたが、大切なホームランがあります。

亡くなった祖母は、晩年、海が近い田舎町で過ごしました。
もともと、はなやかなものが大好きな人だったから、
都心に住む娘(わたしの母)の家によく遊びに来ました。

「あの町は退屈なの。本当にイヤ」
そんな愚痴をこぼしては、孫のわたしとデパートに。
「ギンザ、ギンザ、ギンザ」と歌い、歩く祖母でした。

母が、父親の役割もしなければならない家庭でしたから、
少しは心配してくれていたのかも、と今は思います。
楽しそうに買い物をする祖母を見るのが、大好きでした。

祖母は野球も好きで、松井の大ファンでした。
「顔がいいから」と言いつつ、
同じころ、「SMAPなら中居くん」と言っていて、
少し混乱したことも覚えています。

わたしが就職して地方に暮らし始めたころ。
当時松井が所属していたヤンキースが親善試合で
ジャイアンツと東京ドームで対戦する、と知りました。

祖母の顔が浮かびました。
仕事の合間に、何度も、何度もチケット会社に電話をかけ、
ようやくとれたのが、2階席のずっと上の方の席でした。

東京ドームには弟に一緒に行ってもらい、
その試合で、松井は大きなホームランを打ちました。
仕事の車の中で、軽くガッツポーズが出ました。

夜、弟から「席が上の方だったから、少し怖かったみたい
だけど、すごい喜んでたぞ」と連絡がありました。
祖母は「チケット、よく取れたねぇ」と喜んでくれました。

小さいころのこと。
有名な人が亡くなったり、一線を退いたりした時に、
大人たちが「ありがとう」と言うことに違和感がありました。

2012年、松井が引退した時、
なぜか、この違和感を急に思いだし、妙に納得しました。
「ありがとう」が一番、ぴったりくるんだな、と。