お母さんは、「ひとのために尽くす」
ことが生きがいのように見えるひとだ。
出会った日は、食卓に並びきらないほどの
たくさんの中華料理をつくってくれた。
お店で食べるより、ずっと味はやさしくて、
知らず知らずのうちにたくさん食べてしまっていた。
中国ではおかずを残すほどにたくさんつくるのが
「おもてなし」なんだそうだ。
わたしはそれを知らなかったから、
せっかくつくってくれた料理を残さないように、
最後のほうは少しだけがんばって食べた。
シメの餃子になるころには、お腹はぱんぱん。
スカートのホックが、あぶないことになっていた。
中国旅行中にお腹をこわしたときも、そうだった。
お母さんは早朝に、車で50分かかる
病院までわたしを連れて行き、
その後3日間の予定をすべてキャンセルして
つきっきりで看病してくれた。
また別の日には、仕事から家に帰ると、
洗濯したおぼえのないパンツが
ベランダでぴらぴらと干されていたこともある。
お母さんが家にものを届けるついでに、
洗濯してくれていたらしかった。
さすがにこれは、戸惑った(笑)
おなじ女性とはいえ、お姑さんである。
パンツを触られてしまったこと、
洗濯物をそのまま放置して
仕事に行ったのがバレてしまったこと、
両方がすごく恥ずかしい。
顔から火が出る思いで、あわてて
お母さんにお礼の電話をしたけど、
お母さんは特に何かを思っている様子はなかった。
わたしはお母さんと接してみて、
こんなに距離の近い「嫁姑関係」が
あるものなんだと、正直驚いた。
距離が近いから、いいところもわるいところも
すべてお見通しになってしまう。
「おせっかいじゃないかな?」とか
「迷惑じゃないかな?」ということを
気にしてしまいがちなわたしにとって、
お母さんの面倒見の良すぎるところは
逆にとても新鮮だった。
これも、中国の文化のひとつなのだろうか。
正直、「ここまでしなくてもいいのに」と
思うこともあった。
でも国際結婚をしたからには、
この距離の近さだって前向きに受け止めよう。
そう思っていた。
(つづきます)