(ザ・ブルーハーツの『リンダリンダ』がかかっている。)
- 糸井
- ‥‥来ないね。ちょうど曲に合わせて登場してもらおうと思って、さっきから何度もかけてるんだけど、入ってこないなあ。よし、もう1回。
(ふたたび『リンダリンダ』が始まる。)
「♪ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には写らない 美しさがあるから」
- 糸井
- ‥‥‥‥。
「♪‥‥リンダリンダ!」
- 田中
- (踊りながら部屋に入ってくる。)
- 一同
- (大いに沸く)
- 糸井
- あぁ、よかった! いらっしゃいました。
- 田中
- どうも、よろしくお願いします。外でタイミングをはかっていたんですが、なかなかうまく入れなくて‥‥。
- 糸井
- そうだったんだ(笑)。大阪でお会いして以来、1週間ぶりですね。
- 田中
- はい、梅田ロフトでのほぼ日手帳のイベントで糸井さんが大阪にいらっしゃった時に控室にご挨拶に行かせていただいて。
- 糸井
- そうなんです。いや、ありがとうございます。
‥‥今日は、ぼくがしゃべらなくてもいいんじゃないかな。放っておいたら、この人、ひとりでやってくれるから。
- 田中
- そんな、漫談師じゃないんですから(笑)。今日はもう、聞かれたことに、とつとつと答えようかなと思ってます。
- 糸井
- あ、今日は、『大阪キャラメルプリンケーキ』を。いつもありがとうございます。
田中さんはいつも手に紙袋を下げていらっしゃるんですよ。これが何かというと、手みやげ。
- 田中
- いやいや。やっぱりぼく自身もなにかいただくとうれしいので。まあ、ぼくが持って行くものは、だいたいつまらないものなんですけど。
- 糸井
- うん。つまらない。
- 田中
- (笑)。
- 糸井
- つまらないものですが、っていう言い方がありますけど、田中さんの「つまらないもの」の選び方がおもしろいんです。
- 田中
- たいていは、新幹線の駅で買えるような、『面白い恋人』とか、いわゆる「お約束」のものですね。大阪のみやげものがいいのは、ネーミングの段階でもう大阪にまつわる感じになってて、中身の美味しさとか全然問われない(笑)。そういうものを選んで。
- 糸井
- もうそれがコミュニケーションツールになってますよね。でもこの間の塩野(米松)さんと3人でお話ししたときは、都内のお店の揚げまんじゅうと揚げせんべいのセットだったんですよ。これが美味しくて。あれは‥‥。
- 田中
- はい、あれは本気です。青山に来る前に目黒に寄って買いました。
- 糸井
- ですよね。あれが歴代の手みやげの中に混じったことで、ぼくの中の田中さん像がちょっとぶれちゃって。
- 田中
- ぼやけましたか(笑)。あれは、塩野さんもいらっしゃるから、いきなり大阪の「お約束」では、と思いまして。
- 糸井
- 微妙に使い分けてるんだ。あれでまた田中さんへの興味が増しましたよ。今までのと路線を変えてくるとか、そういうことも含めて手みやげというのはコミュニケーションなんですよね。
そして、手みやげの話では、ぼくらのあいだには、いまだから言える「秘密」がありますよね。
- 田中
- ああ、ありますね。
- 糸井
- あれ、言っていいですかね。あの、お花見の‥‥。
- 田中
- ええ。
- 糸井
- 去年の春に電通関西支社の田中さんのいる部署のお花見に招かれて行ったんです。田中さんがぼくを案内してくれることになって、田中さんとはそれが初対面だったんだけど。
電通関西支社というのは、なんというか梁山泊みたいなところなんです。
- 田中
- 40年ほど前に、東京のカッコいい広告に対して関西からカウンターでパンチを食らわせようと、堀井博次さんという人を親玉にしてどんどん面白い人が集まっていって。その人たちと、しばらくして糸井さんにつながりができたんですよね。
- 糸井
- それが30年ぐらい前ですね。その後も、堀井さんたちと会う機会はあったんだけれど、電通関西のその30何人もいる「梁山泊チーム」と会うのはそのお花見が初めてでした。つまり、圧の強い人たちの集団に初めて飛び込んでいくわけで。
- 田中
- はいはい(笑)。
- 糸井
- 堀井さんとは親しいから別に怖いわけじゃないんですけど。花見だし、お酒も入っているんだろうなあ、とか思うとね(笑)。
- 田中
- みんなはもう先に始めているところへ、ぼくが糸井さんを案内するという段取りでした。京都駅で待ち合わせをして。
- 糸井
- そうそう。そうしたら、その時も田中さんは紙袋下げてるわけです。それも、舌切り雀の大きいつづらと小さいつづらみたいに、ふたつ持ってる。ひとつは大きくて軽くて、「これは糸井さんにお渡しするものなんですが、荷物になりますから後でお渡ししますね」と言って。
- 田中
- そうでしたね。
- 糸井
- ぼくに渡すものだけどまだ渡さないという、ここでまずちょっと、お、と思うでしょう。そして、もうひとつはそれより小さくて重い。お酒の瓶が入っている感じだった。「うちの面々は、とにかくお酒さえあれば機嫌がいいので、勝手に用意させていただきました。申し訳ないんですけど、これを糸井さんからの差し入れだということで渡していただけませんか」って言ったの。
- 田中
- はい。しかも開けると熨斗がかかってて筆文字で大きく「糸井」と書いてある(笑)。
- 糸井
- 念の入れようがもう、この人は何十年営業畑にいたんだろう、という感じでしょう。でも、営業には行かれていないんですよね?
- 田中
- それがまったく行ったことがないんですよ。
- 糸井
- 不思議だなあ。そういうわけで、どうしようかと思ったけど、まあ、言うとおりにしました。
- 田中
- すごく小さな声で「これ‥‥」と差し出されて(笑)。
- 糸井
- そうしたらびっくりするほど喜ばれて、ああ、こんなに喜ばれるなら持って行ったほうがいいんだなあと思ったんですけど。その人たちも鋭い人たちなはずなのに、あのときはものすごく喜ばれて。なんだったんだろう‥‥あの、両立している感じ。
‥‥と、まあ、田中さんのお手柄のような話になりましたけれど(笑)。
- 田中
- お手柄といえば、堀井さんにはあの日「おまえ、うちに20年いて、何もせえへんやつかと思ったけど、糸井を連れてきたな」って、言われました(笑)。
- 糸井
- 会場に向かうまでのタクシーの中で、田中さんはぼくに「広告の仕事を辞めた後、ほぼ日という組織をつくり、その会社を良いかたちで運営していって、大きくして。そうしてその中で好きなものを毎日書くということをできるようにした。この状態に、すごい興味があります」っていうことを言ったんですよね。
- 田中
- 初めてお会いしてぼくが最初に訊いたのがそれでしたね。糸井さんが、「そこですか」って驚いていらしたのをよく覚えています。
- 糸井
- そりゃあ、こっちは電通の人だと思ってるから、この人はなんでそんなところに興味があるんだろうと思うよね。まさか辞めると思わないから。
- 田中
- そうですよね。まあ、その時はぼくも辞めるとはまったく思っていなかったんですけど。去年の11月末に辞めようと決めて、その年末に辞めました。
- 糸井
- で、その理由が「ブルーハーツ」。
- 田中
- はい。ちょうど書いたばかりなんですが。理由になってないような理由なんですけど、やっぱり、ブルーハーツなんです。
むかし、ブルーハーツから受けた衝撃、それがいまの決断につながっていて。ステージの上で、ごうごうと燃えるように生きている彼ら。そういうふうに生きたいという気持ち。それが、いまに至るまであって。
べつに、なにか伝えたいこととか、「熱い俺のメッセージを聞け」とかないんですよ。言いたいことはいままでと変わらないんですけど。それでもここを出なくちゃいけない、と。「ああ、これは、もう、このように生きなくちゃいけないな」と。
- 糸井
- うん。
- 田中
- もうひとつ、いま会社を辞めた理由は、最近、人生がすごいはやさで過ぎていくようになったな、と感じてきたこともありますね。みんな感じることだと思うんですけれど、20代の頃と40代だったら、月日が流れるはやさが違うんですよね。体感としては、もう倍以上。
- 糸井
- そうだね。ぼくは田中さんよりもその気持ちがさらにもう少しよくわかる。
- 田中
- このことについては、うちのお祖母さんが言った忘れられないひとことがあって。祖母は80歳を過ぎて亡くなったんですけれど、あるときこう言ったんですよ。
「このあいだ18やと思ったのに、もう80や」って。
- 糸井
- 80歳のお祖母様が「ついこのあいだ18歳だった」と。
- 田中
- これはすごい言葉だ、と思った(笑)。たった1行で60年もの時間を跳ぶ感じが‥‥。
- 糸井
- うん、素晴らしいね。
(つづきます。)