わたしは、高校に入学するときから
大学を卒業するまで、イギリスに住んでいました。
近所に住んでいる方は優しいし、
街のいたるところに緑があったりと、
住みやすくてすきな場所です。
でも、家族と一緒ではあるものの、学生として
住んでいたので、勉強がむずかしかったり、
学校に慣れなかったりで、居心地が悪いと
思うこともありました。そんなこともあり、
2ヶ月もある長い夏休みでさえ、
もっと長かったらいいのに・・・・
なんて考えていました。
イギリスの学校は9月始まりなので、8月になると
「あと1ヶ月で学校か、時間もっとゆっくり
過ぎてほしいなあ・・・・」という考えが頭をよぎります。
でも同時に、「早く8月終わって9月にならないかなー!」
なんてうきうきした気持ちにもなる、
不思議な期間でした。

そのうきうきの要因は、Great British Bake Off
という番組。よく世間ではBake Offと呼ばれています。
これが何かととっても簡単に言ってしまうと、
アマチュアによるお菓子作りのコンテストです。
しかし、お菓子の域を越えるような作品が出てくるし、
そもそもお菓子だけでなく食事として出せそうな
ものも作るし、競い合ってるようで支え合いが
あるし・・・・と一言では
言い表せない魅力があります。
コンテストの参加者は、12人のアマチュアの
’baker’です。’Baker’は「製菓を作る人」という意味で
使われていて、すなわち出場者のことです。
お菓子作りを職業としていないことだけが条件。
なので、経歴はほんとうにばらばら。牧師さんをしている方
もいれば、消防士の方もいたり、おばあちゃんもいれば、
学生さんもいます。
共通して言えるのは、みんな純粋に
お菓子作りがすきで、趣味を通して培った
製菓に関する知識や経験が詰まっているということ。
そして、ほんとうにお菓子作りがすきだから、みんな
うきうきしながら作業に没頭しているということ。
この12人が、1話ごとに設定された、「パン」
「ビスケット」「パイ生地」などのテーマにそって、
与えられた時間でその場でつくり、
審査員に披露します。
開催場所がまた特徴的で、郊外にある芝生で
覆われた広い敷地に大きな白いテントをはり、
その中に出場者ひとりひとりに作業台が用意されています。
床にはカーペットが敷いてあり、おうち感満載のセットです。
毎週1番出来のよかった人には’star baker’と呼ばれ、
1人は残念ながら脱落してしまいます。それが9週続き、
残り3人となった10週目で決勝戦が行われ、
その年の優勝者がひとり決められるのです。
審査するのは、フードライターのメアリー・ベリーさんと、
パン職人のポール・ホリウッドさん。
この2人でケーキを味見したり、作業の様子を観察
したりしています。
メアリーはみんなが慕うおばあちゃんのような存在
(なんと今年で82歳!)。必ず出来上がった作品の
長所をひとつは見つけて、ほめています。
そんなところがほっこりするのですが、
その反面あまりおいしくなくてがっかりさせて
しまったときのショックが大きいような気がします。
ポールは、出場者にどんな動機でそのお菓子を
つくるのかと聞くときに、気になることがあると
「ふーん、そういうことするんだ・・・・」
とちょっと不安にさせるようなことを
言ったりします。でも、そんなポールにほめられると
みんなぱあーっと顔色が明るくなってうれしくなる
様子がみると、いじわるでも嫌いにはなれないのです。
で、番組自体の構成は、その週のテーマ
に沿った3つのチャレンジに挑戦するというもの。
まず行われるのはSignature Bake。
その人の定番のレシピだったり、わりとシンプルなものを作ります。
例えば、ロールケーキを1本だったり、タルト1台だったり。
だからといって手をぬけるわけではなく、
みんな個性を出すために凝ったデコレーションをしたり、
珍しい材料を使ったりします。
でも突拍子もない材料がぽんぽーんと登場するというよりは、
その人のルーツと関わりのあるものが多いです。
「お母さんがこのスパイス使って
昔料理してくれたから・・・・」というような発言を
よく耳にします。まずはなじみのある
レシピではじめよう、といった感じでしょうか。
なんせ、最初の週はみんなテレビにでるのは初めてなので、
緊張をほぐす意味も込められているのかもしれません。
それと、この番組では出場者とのこころの距離が
近い気がするのですが、この最初のコーナーでひとりひとりの
個性を引き出せているからこそのこと。キャラクターを
ちゃんとここで確立させているから、番組後半で
「あれ?この人誰だっけ?」
ということは少ないのです。

次のコーナーはTechnical Bake。これは、みんな
その場で製菓の名前と非常にざっくりしたレシピを見せられ、
用意された材料で手探りで作り上げていくというもの。
レシピは本当にざっくりで、バケットのように
多くの人が知っているものだと、
「こねる。発酵。焼く。」くらいまで簡略化
されています。
バゲットは完成系が想像できていいものの、
ビクトリアン・テニスケーキなるものや、
プリンセストルタなどが登場すると
なんかわけわからなくなる人が多くなります。
で、このコーナーでは審査員が何かヒントに
なるようなことを言ってはいけないのと、
誰がどの作品を作ったのかを公平に審査できるよう
教えないため、テントの外で終わるまで待っています。
また、出場者同士お互いを手助けしたりするのもなし。
このときにテントの雰囲気は、学校で先生が
「ちょっといったん職員室戻るから、みんな静かに
この小テスト解いてて」と言い残し教室から
出て行ったときみたいになります。
「・・・・どうする?どうやってこの問題解く?」
と目配せするように、テントの中でも
「砂糖、どのタイミングでいれる?」
とこそこそーっと近くの人の進捗状況を確認します。
そして、教室で誰かが早くテストを終わらせて教壇に
置きにいくみたいに、
「あ!あの人もうオーブンにパン入れてる・・・・!」
と焦ったり、今までにないテントの中のざわざわ感を
味わえておもしろいのです。
最後に、Showstopper Bakeがあります。
Showstopper、つまり一目を惹くということで、
その場の注目の的になれるような、
きらびやかな作品を作ります。
「結婚式で出すケーキ」や、「立体的に組み立てて
何かを表現するビスケット」という設定、そして
ケーキなら最低3段、ビスケットなら2種類は
生地を分けるなどの条件が出されます。
前の二つのコーナーでは、がんばればわたしでも
再現できそうなものが多いものの、
(なんてえらそうに言うものの、実際わたしには
そんな技量はないのが現状です)
このコーナーは、やっぱりみんな
選ばれるべくして選ばれたんだなー、
思うくらい、すごいものが出てきます。発想もそうだし、
限られた時間とオーブンの数でつくるために
綿密に練られた計画もそうだし、もうほんとに
「すごいなあ」の一言です。にわかながらに
「このお題ならこんなケーキつくるとよさそう」
と思ったりはするものの、気力と根性と、
なによりも技術がないとできなさそうなものばかり。
個人的には最初のSignature bakeがすきです。
イギリスに住んでてよくあったことは、
ことあるごとに作ったケーキをタッパーに
詰めて、持ってくる人がいることでした。
それを切り分け、ナプキンにのせ、手をアイシング
でべたべたにしながら食べました。
そこで、持ってきた人は「これねー、おばあちゃんに
教えてもらって、失敗がないんだよねー」とか、
「コツは材料を混ぜる順番!」とか、
そのケーキにまつわることを教えてくれます。
なんかそこに人柄も出てて、ケーキと同じくらい
おはなしを楽しみにしていたものです。その雰囲気が、
このSignature Challengeでもあらわれていて、
見ていてたのしいんです。
そして最後に、この3つの行程を通して、だれが脱落するか
決められます。間には、その週のテーマにまつわるお菓子の
歴史的背景を紹介するコーナーがあったり、
ひとりひとりのbakerの背景にせまったりと、
見応えのある1時間です。
このようにたのしい番組だったので、
学校がはじまり、課題などに追われはじめても、
毎週これを楽しみにがんばっていました。
(つづきます)