「きみはツマさんみたいだね」。
当時、付き合っていた恋人に言われた一言。

ツマさんというのは、小説『きいろいゾウ』の主人公である
妻利愛子さんのあだ名。
同じく主人公である旦那さんのムコさんこと武辜歩さんの
奥さんです。
妻のツマさんと夫のムコさん。
不思議な組み合わせの夫婦のお話をさせてください。
正式には、ムコさんはお婿さんではないけれど、
このふたりのお話を読み進めていくと「ええい、そんなこ
とどうでも!」となってしまうものです。
ツマさんについて
ツマさんは、生まれつき心臓がすこし弱くて、
「あまりびっくりすることがあったらいけないよ」、
と小さいころにお医者さんに言われていました。
そして、ほかの人にはきこえない声や、
みえないものが見えたりもします。
夜にだけ喋りかけてくれるヨル(サルスベリの木)や
近所の家で飼われているコソク(ニワトリ)、
野良のカンユさん(イヌ)からの呼びかけだったり、
ムコさんの亡くなってしまった従姉のない姉ちゃんの姿だっ
たりします。
ツマさんは、それがすこうし特別なことだと自分でも気づい
ているのですが、時々、そのことを共有できないムコさんに
苛立ちを覚えたりすることもあります。
一方、ムコさんはそんなツマさんの独特の感受性や自分が
触れることの出来ない世界を身近に感じながら生きている
ことを彼なりの目線で見守っている、そんな夫婦です。
たとえるならば
最近公開された映画『パターソン』を見た方には、
「あんな感じです。だけども、もっと色濃い人間模様が浮き
彫りになります」。
そう伝えるとイメージがわきやすいでしょうか。
見ていない人には、
「穏やかな日々に流れる豊かでゆっくりとしたふたりの人間
夫婦の物語だけれど、見ているものも感じているものも辿っ
てきた過去も全く違う人間がそこにおさまる奇跡を感じてみ
てください」
とお伝えさせてください。
男だとか女だとか、大人だとか子供だとか、死んでいるとか
生きているだとかそんな全てのボーダーをないまぜにして、
あなた自身を愛おしく尊く感じられる物語です。

あらためて、この小説の作家さんについてご紹介します。
作家は、イラン・テヘラン出身で大阪育ちの西加奈子さん。
小説『通天閣』では織田作之助賞を、『サラバ』では直木三
十五賞を受賞。
アメトークのテーマ『読書芸人』などでピースの又吉さんや
オアシズの光浦さんらがこぞって推薦したことでもメディア
をにぎわせました。

歯に衣を着せず、でも、人への思いやりや痒いところに手を
伸ばして言葉をくれる気さくな西さん。その人柄ゆえに、交
友関係も広く、テレビへの出演(フジテレビ系列『ボクらの
時代』やNHKEテレ『SWITCHインタビュー』など)にも出
演されています。
今回紹介している『きいろいゾウ』は、西さんの著書第三作
目、初期の作品にあたります。出版後、「いつか、この小説
の『ツマ』役を演じてみたいです」と原作の帯に寄稿してい
た宮﨑あおいさんと、向井理さんをメインキャストに迎え、
映画化もされました。
西さんの著書を初めて読んだのは、『さくら(2005)』。
春から海外の高校に通う心細さを埋めるように、搭乗前、
成田空港の本屋さんで手に取ったのが西さんとの「はじめ
まして」。
自分と日本語を繋ぐ唯一の拠り所になる一冊との
出会いから、西さんという作家さんへの憧れは始ま
りました。

一度、好きになった作家さんのことはなにかと気にかかる
もの。新刊が出たとなれば本屋へ駆けていき(海外にいる
時は、親に送本をお願いしたり)、トークショーをされると
なれば手みやげと手紙を持参、後日、お礼の手紙をいただ
き、地面から浮き上がるような気持ちになったりすることも。
かつて書籍に関わっていた頃には職権乱用よろしく、かなら
ずインタビュー候補に彼女の名前を挙げていたものでした。
そんな人間としても傾倒している彼女の数ある作品のうちで
も、この『きいろいゾウ』は、私にとっていっとう特別な小
説です。
その理由は、ツマさんの存在。
ツマさんは、大人なのにいつまでも自分の中にいる「こど
も」に正直な人。そのことが、私をたくさん、たくさん救っ
てくれたのです。
この本に出会ったのは、20歳になったばかりの頃。
その頃、
わたしは大人になることへの難しさを感じていました。