もくじ
第1回忘れてくれた漫画。 2017-11-07-Tue
第2回野球を観に行こう。 2017-11-07-Tue
第3回鈴木一朗という人。 2017-11-07-Tue
第4回ぼくも「ゆずっこ」。 2017-11-07-Tue
第5回言葉をさがして。 2017-11-07-Tue
第6回大好きなものに囲まれて。 2017-11-07-Tue

ふだんは、銀行で営業をしてます。人に道を聞かれることが多くて、シャッターを頼まれることも多いです。「はい、チーズ!」というのが、ちょっとはずかしいです。

ぼくのおじさん。

ぼくのおじさん。

担当・中村 駿作

好きなものについて、自由に書いていい。
そう言われて、たくさんの「好き」を探しました。
漫画も、音楽も、スポーツも好き。
そのひとつひとつを整理していると、
ある人物がずっと頭に浮かんでいました。

「そうだ、おじさんだ」

ぼくをいま、囲っている大好きなもの。
その原点には、いつもおじさんがいました。
だからぼくは、
「好き」をくれたおじさんのことを、
書いていこうと決めました。

北杜夫さんの著書に、
『ぼくのおじさん』という小説があります。
はじめてこの本を読んだときに、
ぼくは少しだけ、じぶんのおじさんを思い出しました。
それは、表紙に書かれた和田誠さんのイラストが、
すごくおじさんに似ていたから。
丸顔で、メガネをかけていて、
肩をゆらしてニヤリと笑う。
もし読んだことがある人は、
物語のおじさんを想像しながら。
読んだことのない人は、あなたの周りにいる、
マイペースなんだけど憎めない人。
そんな人を、ちょっと想像しながら、
読んでくれたらうれしいです。

では、ゆっくりどうぞ。

第1回 忘れてくれた漫画。

おじさんは、ただしく言うと、
ぼくの母親の妹の、旦那さんにあたる人です。
あだ名は「らーちゃん」。
だから、ここからは「らーちゃん」と、
書かせてください。

わが家では、お正月やお盆になると、
じいちゃんの家にみんなが集まりました。
お墓参りをして、買い物に行って。
夜は外食をするのがお決まりでした。

ぼくのおじさん、いや、らーちゃんは、
二階の部屋で、ひとりのんびりしてることが多かったです。
コンビニへ行って、お菓子をたくさんを買い込んで、
ベッドに横になりながら漫画を読む。
いまのぼくには、理想的な休日に思えます。

「らーちゃんも買い物行く?」とぼくが聞きに行くと、
答えはだいたいおなじで、
「う~ん、おるわ~」だったと思います。

ぼくたちが、ひとしきり遊んで家へ帰ると、
らーちゃんは、家を出る前とおなじ格好で、
今度は野球中継をみていました。
しばらくして、
「晩ごはん食べに行くで」と呼びに行くと、
また、おなじ格好で今度はウトウトしていて。
周りに左右されない、自由でのんびりしている人でした。

だけど、ぼくのおじさんは、
ただのゆっくりさんじゃなかった。

話をしながら、音楽を聴きながら、
らーちゃんの運転でお出かけをしているときのこと。
ぼくらの前に、危険な横入りをしてきた車がいたんです。
運転中って、人が出ますよね。
あぶないやろが!とか、なんやねん!とか。
さすがにらーちゃんも、
怒るんちゃうかなぁとぼくは思ったんです。
でも‥‥

「バーン!」

らーちゃんは片手で銃の形をつくり、
荒野のカウボーイみたいに、
その車に向けて撃つふりをしたんです。

「あぶないやつには、ほら、駿くんも撃ってみ」

そう言って、一緒に「バーン!」を連呼しました。
怒った顔をひとつも見せず、
西部劇のような遊びをすることで、
らーちゃんはみんなのいらだちを
魔法のように消してしまいました。

テレビを観ていても、
背中のほうから、ぼそっと的確なツッコミが聞こえて。
振り向けば、肩をゆらして、
メガネの奥でニヤリと笑うらーちゃんがいて。
その口元は、ふふふっとゆるんでいて。

ぼくもいつか、気が利いた一言や、遊び心がある人に、
なってみたいなぁと思うようになっていきました。

そんなある日。
らーちゃんが帰ったあと二階へ行くと、
一冊の漫画が忘れられていました。
それは、いまもぼくが大好きな漫画。

こちら葛飾区亀有公園前‥‥
そう、『こち亀』です。
 
下町の警察官である主人公の両さんが、
どたばたをくり返すギャグマンガ。
ぜんぶで200巻もつづき、
たくさんの人に愛された漫画です。
両さんの、警察官とは思えない破天荒ぶり。
作者の秋本先生が、徹底的に調べたマニアックな知識。
そしてたまにやってくる、
下町を舞台にした、人情たっぷりのやさしい話。
らーちゃんが忘れていった見慣れない漫画は、
一気にぼくの大好きな漫画になりました。

ぼくは、その忘れられた一冊を、
何度も何度も読んだんです。
そして、本屋で『こち亀』をねだるような
ちょっと変な小学生になってしまいました。

ぼくが『こち亀』にはまっていることを、
知ってか知らないでか。
それからというもの、家にくるたび、
らーちゃんは漫画を忘れていってくれました。
だからぼくは、みんなが帰ったあとの二階が、
楽しみで仕方なかったんです。
 

ある週末、今度はぼくたちが遊びに行く日があって。
そこで、ぼくは、初めてらーちゃんの本棚を見ました。

「すげぇ」

そこには、1巻から当時の最新刊まで、
『こち亀』がずらりと並んでいたのです。
ひとつも数字がとぶことなく、大好きな漫画が並んでいる。
その頃のぼくは、
『こち亀』がそんなに長く続いている作品だと知らなくて。
だから、とってもびっくりしました。
そして同時に、とてもワクワクしたことを覚えています。
まだまだ、こんなにぼくの知らないお話がたくさんある。
そう思うと、心がおどりました。


「貸してあげよっか?」

帰るとき、らーちゃんはぼくに言いました。
もう、本当にうれしかった。
その言葉を待っていたんです。
どれを借りようか。
表紙の絵をみて、パラっとめくって。
数冊を選ぶ時間はしあわせでした。

その日以降、らーちゃんの家へ行くたびに、
ぼくは『こち亀』を貸してもらうようになりました。
あれから何年も経っているけど、
実は、まだ返せていないのもたくさんあるんです。
あの本棚が、ずいぶん歯抜けになっていると思うと、
ちょっと申し訳なかったりもしています。

 

そうだ。

数年前、アメリカのドラマで、
『刑事コロンボ』という作品に出会いました。
ひょうひょうとした刑事が、
権威ある犯人たちを追い詰めていくドラマです。
第1話をテレビで観て、その面白さを知って。
ずらりと並んだコロンボのレンタルDVDをみつけたとき、
ぼくは、初めてらーちゃんの本棚を眺めた日のことを、
思い出していました。
まだまだ、こんなに楽しみが続くなんて、
「ぼくはとても幸せ者だ!」なんて思ったりしていて。

好きなものを見つけることは、
とてもワクワクできることなんだと、
ぼくは、らーちゃんが貸してくれた漫画で知ったんです。

世の中には、まだまだ、
ぼくが知らない面白いものがたくさんある。
たとえばそれが、
漫画や、ドラマ、もっと言えば、
古典のようなものとかだったら。
ある1つの物語を面白いと感じた瞬間、
これまでに積み上げられているすべてが、
自分にとっての楽しみになっていく。
好きなものは、見つかった瞬間に、
世界をぐっと広げてくれるものなんだと思います。


「あんな仕事中に、
 プラモデル作ってるような警察官おらんで」

漫画ばっかり読んでるぼくに、
ある日、じいちゃんは呆れ顔で言いました。

「両さんを知ってるってことは、
 自分も読んでるってことちゃうん?」

ぼくは、その言葉をぐっとこらえて、
ふふふっと笑いました。

(つづきます。)

第2回 野球を観に行こう。