もくじ
第1回映画のしっぽにかじりつきたかった 2017-12-05-Tue
第2回どうやって映画を観てますか? 2017-12-05-Tue
第3回映画館ならではのときめき 2017-12-05-Tue
第4回オススメ映画を教えて下さい 2017-12-05-Tue
第5回観てない映画とコレクション 2017-12-05-Tue

1994年生まれ。ほっかいどうの田舎そだち。
出版と映画のしごとをしながら、勉強をしています。
好きな本はボッコちゃん、好きな映画はぼくの伯父さん、すきな楽器は小太鼓です。

代官山シネマトーク</br>「映画生活のたのしみ」編

代官山シネマトーク
「映画生活のたのしみ」編

今年の春から勉強のために上京してきたわたしは
休日や隙間の時間に、代官山蔦屋書店で働いています。
このお店は、各分野に精通した"コンシェルジュ"が
在籍している、ちょっと知的でオシャレなお店です。

そこで出会ったのが、シネマコンシェルジュの吉川明利さん。
映画業界35年、劇場で観た映画の数はあとすこしで1万本。
シネマトークや対談の聞き手もこなす、書店一の映画通ですが、
ふだんはお店のスタッフとして、毎日売り場に立っています。

お店で働き始めて約半年。
ここで過ごす好奇心に満ちた時間は、
楽しくて、嬉しくて、なぜかすこし悔しい。
恐らく、その悔しい気持ちの正体は、
「どうしたら吉川さんみたいになれるんだろう?」
という、一種の「憧れ」なのだと思います。
今回は、この憧れの正体を掴むために、
直属の上司である吉川さんに、
思い切って取材をお願いすることにしました。

今回聞けたお話は
「今の仕事に就くまでのいきさつ」
「何でも話せる映画好きになるためには?」
「映画館での楽しみ方あれこれ」の3つ。
映画にハマるきっかけとなった、
オススメの作品もうかがいました。
すこし長くなりますが、お付き合いください。

プロフィール
吉川明利さんのプロフィール

第1回 映画のしっぽにかじりつきたかった

蔦屋書店では、オフィシャルブログ
FILMAGAというWEBマガジンで、
コンシェルジュによるコラムを掲載しています。
そこで今回は、吉川さんのことをもっと知るために、
書店のサイトに公開されている映画のコラムを
読んでみるところから、取材を始めました。

まず、蔦屋書店でのコラムを調べると、
以前働いていたタワーレコードでの記事が出てきます。
すぐさま「昔の記事を見つけましたよ!」と報告すると、
「実は、本や業界誌にも原稿を載せていて、
キネマ旬報でも、数年間連載をしていた」との返事が。
 
私にとってキネマ旬報は、教科書と呼ぶべき憧れの雑誌です。
急いで図書館に行って、過去の連載を取り寄せてみると、
映画やビデオについて細かく書かれた記事が
数年に渡って、たくさん掲載されていました。
 
吉川さんがこうして過去に記事を書いていたことは、
今までほとんどのスタッフが知りませんでした。

――
今までこんなにたくさんの記事を書いてたなんて
初耳でしたよ、びっくりしました!
吉川さんって、元々は映画を「書く」仕事を
目指していたのでしょうか?
吉川
いや全然。俺は最初、
とにもかくにも映画会社に入りたかった。
――
おお。映画を「見せる」側のお仕事ですね。
吉川
うん。
高校生のときから映画会社に入りたくてさ。
新聞で、映画宣伝部の社員募集を見かけた時、
すぐさま400字詰めの原稿用紙を取り出して、
「私は、高校を中退してもいいと思ってます」
「お願いします」なんて書いて送りました。
大卒が受ける試験なのにさ。バカだよねえ(笑)
――
高校生の頃から映画一筋だったんですね(笑)
吉川
うん。小学校のころから映画が大好き。
でも、好きな気持ちだけで受かるわけがない。
ってことで、映画会社の仕事を
諦めた時期が、まず一度ありました。
 
けど、「どうしたら映画に関われるのかな」
ってことは、ずっと考えていて。
 
大学の映画学科に入ろうかとも思ったけど、
けど、進路相談で担任の先生から
「吉川くん、君の成績では無理だよ」なんて
言われたもんだから、それも諦めた。
だから、18歳から7年間は、普通の会社員。
――
あ、働きはじめの頃は、
映画と全く関係ないお仕事を?
吉川
うん。それも高校の担任の先生に、
「適当にいい就職先を探して下さい!」
って頼んで入っただけの職場だったんだよね。
早く就職を決めて映画を観るために。
――
えっ(笑)
吉川
だから、俺は今までずっと色んなことを諦めて
「映画に逃げてきた」わけ。結局。
 
けど卒業後は、そこで一生懸命働きました。
土日が休みです。週末はとにかく映画三昧!
っていう生活をしていたんだけど、
どうしても仕事そのものに興味はもてないよね。
 
しかも、会社で映画の話をしても
誰にも通じないわけだ。
――
あぁ~・・・・。
その好きなことを話せないもどかしさ、
よくわかります。苦しいです。
吉川
ね。ずっと「煮詰まるなあ」って思ってた。
で、映画の話を外にアウトプットできずに煮詰まると、
人間どうなるかって、書き始める。
そこから、俺の映画日記が始まったわけ。
大学ノートにねえ、7冊ぐらいあるかなあ。
――
おお、映画日記。
吉川
その日記が、映画について書いたり、
話すことの練習にもなったんだろうなあ。
 
で、25歳の時にね、色々あって転職しよう、
就職活動をしようって思い立ったときに、
ちょうどビデオの時代が来ていたんだよね。
偶然、小さなビデオショップの
求人広告が、新聞に載ってたの。
そこには「ビデオメイツ」って名前が書いてあった。
――
そこで「やった!映画の仕事だ!」と・・・・
吉川
いや。そのときの俺は
「ビデオってなんだろうなあ」と思って。
――
えっ、そんな時代だったんですか!
吉川
そう、知らなかったの。
「もしかしてこれって、映画のビデオのことかなあ」
ぐらいにしか思っていなかったんだけども、
実はそのお店、日本で一番最初に認められた
正規のビデオレンタル第1号店だったのよ。
――
へぇ~!すごい。第1号店からレンタル業界に。
しかも偶然見た新聞広告がきっかけだったんですね。
吉川
そうそう。
で働くことになったときに、そのお店を見たら、
そこにはビデオがいっぱい並んでた。

「おぉ~映画がいっぱいあるじゃん」と。
――
はい。映画が本棚みたいに。並んでて。
吉川
そう。それを見た瞬間に
「あ~、この仕事だったら俺はきっと大丈夫だ」
っていうふうに思ったね。
――
うわぁ~いいですねえ。
わたしも初めて働きはじめたころ、
同じように思っていました。
映画の棚に囲まれて幸せだなあって。
吉川
そう。しかもその「ビデオメイツ」ってお店には、
今の書店と同じように・・・・いやそれ以上かな。
映画が好きなお客さんがいっぱいくるわけさ。
俺はそこで映画評論家の川本三郎さんと知り合ったり。
――
あ、蔦屋書店のイベントにも
対談相手として出てくださった方ですね。
吉川
そう。
それくらい映画好きな人と出会えて、話ができた。
だからだんだん日記も書かなくなったね。
で、今度はそこで吐き出していた相手が、
これも偶然なんだけど、キネマ旬報の副編集長だったの。
――
ええ~!そんな何気なく出会ったんですか?
吉川
うん。一応有名なお店だったからね。
もう気づかずにバァーーーッと話してたら、
それが当時の副編集長だったみたいで。
「吉川さん、それ書こうよ」ってなったわけよ。
――
わあ~(笑)
戻ってきたんですね。書く方に。
そこからキネマ旬報の連載が始まったんですね。
吉川
うん。けど、書き手っていうのは
そんなに甘いもんじゃない。
俺は批評家になることも諦めた男だったんだよ。
俺に映画の批評はできない。作品に対して
「ここがダメです」って書くのは心苦しかったから。
――
あ~。
映画が好きだからこそ、書けなかった。
吉川
うん。でも映画をオススメするように
「こういう風に好きなんだよ」って
記事を書くのはいいなと思っててさ。
 
で、連載当初はDVDが生まれるまえの、
LDとビデオが主流だった時代。
当時はまだ技術が発達していなかったから、
ちゃんとしたフレームを収録せずに
勝手にカットされていたビデオが沢山あって。
――
そうか、今は当たり前のように
映画をそのままの形で持ち帰っていますが、
実はそこにも試行錯誤があったんですね。
吉川
うん。だからこの連載で、俺は制作会社に向けて
「この発売元メーカーは何をやってるんだ!」
「映画への愛が足りないんじゃないか!」って
ひたすら文句を書いて・・・
――
あっ、でもそれなら
「映画が好き」っていう気持ちを残しつつ、
深く踏み込んだ内容の記事を書けますね。
吉川
そう。しかも
映画の人たちって映画のことは詳しいけれど、
パッケージ業界のことは知らないでしょ。
で、パッケージのことばっかりやってるやつは
意外と映画のことを知らなかった。
だから「これなら俺にも書ける」と思ったのさ。
 
で、しばらく雑誌にそういう記事を書いていたら
いっぺん、メーカーの制作担当の人が怒ってきて…
――
えぇ!炎上じゃないですか(笑)
吉川
「お前は業界のことをわかってない」
「いや、ユーザーの声を届けているのは俺だ!」
っていう風な記事を書いて、いがみあったの(笑)
 
まあ、色々気持ちはわかるけども、
俺は当時からキネマ旬報の読者こそが
一番の映画ファンだと思っていたから、
読者の方が読んで「そうだよ!」って
共感してくれるような記事を
俺は書きたいと思って、書いてた。
――
おお~。そうですよね。共感。
書き手にとっても読み手にとっても、
いちばんうれしいことですよね。
吉川
うん。たまに巻末ページで、他の著者の方が
「吉川さん、これいい記事だよ、勉強になった」
って書いてくれたこともあった。
それはうれしかったね。
 
で、その後にもう一回連載できることになって、
それがちょうどDVDが発売される頃だった。
1998年だったかな?
で、それがちゃんと家庭に普及するのは
連載から4年後の、2001年ぐらいだろうなと。
 
だから、俺が書き始めた原稿のタイトルは
『2001年ソフトの旅』・・・・
――
・・・・うまい!
『2001年宇宙の旅』ですね(笑)
吉川
そう(笑)
――
そうか、私自身吉川さんがしてきたお仕事に
ものすごく憧れていたんですけど、
それが一直線に「目指す」ような形で実現した
というわけじゃなかったんですね。
夢はあるけれど、偶然が重なってというか。
吉川
うん。高校のときから常に
「映画のしっぽにかじりつきたい」ってのは、
ずっと何かしら思ってたけど、
その後は自分で道を切り開くというより、
「なんとかこうなんねえかな~」と思ってたら、
思いがけないうちに願った通りになりました。
っていう話なんだろうね。
――
うわあ~。励みになるなあ。
なんで今までずっと黙ってたんですか(笑)
吉川
なんで黙ってたって(笑)
――
だってそんな話は
雲の上の世界だと思っていたのに、
すぐ会えるところにいるなんて・・・・!
第2回 どうやって映画を観てますか?