もくじ
第1回あの日、僕だけが見た世界。 2017-10-17-Tue
第2回ここにいてもいいんだって。 2017-10-17-Tue
第3回「楽しめ」という言葉の力。 2017-10-17-Tue
第4回人生の裾野ってさ。 2017-10-17-Tue
第5回手をつないでいたいんだ。 2017-10-17-Tue

88年生まれ、神奈川県の山の中で育つ。
5歳の娘をもつママさん編集者。月刊誌で、巻頭グラビアを担当。元鉄道員。

筆が止まったとき頭に思い浮かぶ言葉は、「やってみなはれ」。

重い荷物と、ともに歩いていく。

重い荷物と、ともに歩いていく。

担当・榎本 悠

ことし9月、「ほぼ日手帳2018」の発売にあわせ、銀座ロフトで開催されたトークライブ。糸井重里の対談相手は、燃え殻さんでした。ふたりの出会いはツイッター。「140字の文学者」とも呼ばれている燃え殻さんが、6月に出した小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』が話題となり、ほぼ日でも、この小説の感想を読者から募集。その感想に燃え殻さんがお返事をするというコンテンツもうまれました。

銀座ロフトでのトークライブから3日後、ふたりの対談は「ほぼ日」のオフィスに場所を移して続けられました。書くってなんだろう、話すってなんだろう、そして、思う・感じる・考えるってなんだろう。燃え殻さんと糸井重里の対談を、全5回でお届けします。

「伝えること」と向き合ってきたふたりの対談から見えてきたそれぞれの思いに、「経験してないけど、なんかそれわかるよ」とうなずいてしまう場面がきっとあると思います。どうぞお楽しみください。

プロフィール
燃え殻さんのプロフィール

第1回 あの日、僕だけが見た世界。

糸井
燃え殻さんの体、今、大丈夫かなって思ったでしょう、みんな。けっこうものすごい取材受けてるでしょ?
燃え殻
6月30日に本が出て、ありがたいことに取材を何十と。答えていて心苦しい質問が(笑)。

糸井
心苦しい(笑)。
燃え殻
「なんでこの本を書いたんですか」とか言われるじゃないですか。でも、本当はあまり意味がない。僕、今日糸井さんに聞きたかったんですけど、小説とかって、何か訴えなきゃいけないことがないと書いちゃいけないんですか。
糸井
(笑)。それは、例えばナマズを彫った高村光太郎に、「高村さん、このナマズはなぜ彫ったんですか」って聞くみたいなことですよね?
燃え殻
そうそう。で、「それはすごく社会的に意味があることなんだ」みたいな話というのは、高村さんは言えたんでしょうか。
糸井
言えないんじゃないでしょうかね。
燃え殻
でも、僕はもちろん答えなきゃいけなくて。この本はちょうど90年代から2000年ぐらいのことを書いた本なので、「90年代ぐらいの空気みたいなものを一つの本に閉じ込めたかったんです」というウソをですね、この1か月ぐらいずっとついてて(笑)。もうスルスル、スルスル、ウソが口から流れるようになって。
糸井
でも、的確なウソですよ(笑)。それでもいいやっていうウソですよね。
燃え殻
会社の行き帰りと、あと寝る前の途中で起きて書くことがほとんどだったんですけど、この小説の中では2か所ぐらいしか書きたいことがなくて。
糸井
ほう。
燃え殻
それは書きたいことというか、訴えたいことじゃないんです。書いてて楽しいみたいな。
糸井
自分が嬉しいこと。うんうん。

燃え殻
これ本当にあったんですけど、ゴールデン街の狭い居酒屋で朝寝てたんですよ。網戸をパーッと開けて、雨が降りつけてるんです。でも、お天気雨みたいな感じで、日が差してるんですよね。何時かちょっとよくわからないんだけど、たぶん、7時前かなぐらいの時間。今日仕事に行かなきゃなって思いながら、なんかもう一回二度寝しそうだけど寝落ちはしない。で、昨日嫌なこともなくて。ありがたいことに、内臓だったり痛いところもない。ていう1日を‥‥。
糸井
あ、よいですね。
燃え殻
そういう1日っていうのを書いてるときは、気持ちがよかった。
糸井
今日はたぶん、手帳のイベントなんで「書く」って話になるんじゃないかと思って、いずれそういう話をしようと思ったら、今まさしくその話になりましたけど。思って終わりにするのはちょっともったいないような気がして、書くっていうとこにいくじゃないですか。で、思ったときにすぐ書くとは限らないんだけど、なんか覚えとこうと思うだけで、なんかいいですよね。
燃え殻
そうですね。

糸井
なんでその「思うだけじゃなくて書きたいんだろう」っていうところが何なんだろうね。いや、仮に「やせ蛙まけるな一茶これにあり」っていう俳句の中で、「やせ蛙」っていう見方をしたなっていうのがまずうれしいじゃないですか。ただ蛙がいたところに、「やせ蛙」って言っただけでもう、あ、いいなって。ちょっとこう、やせ蛙だなみたいな(笑)。
糸井
うんうん。
燃え殻
で、何だか知らないけど、そこに「負けるな」って気持ちが乗っかって、どっちが応援されてるのかわからないけれども、やせた蛙を見たことっていうのを形にしたらうれしくなるみたいな。だから、何かを書いてみるうれしさっていうのと、今、燃え殻さんがゴールデン街で横になって、やせ蛙を見つけたみたいな(笑)。
燃え殻
うん、そうですね。僕だけが見てる景色‥‥。
糸井
そうそうそう。
燃え殻
それを切り取れた喜びみたいなものがあるんですよね。僕は今までの手帳を21冊全部取ってあるんですよ。仕事中とかちょっと時間ができたときとかに、それを読み返すっていうのが自分の安定剤というか、そういう形で手帳を使っているんですね。
糸井
うん。
燃え殻
その日たまたま食った天丼屋がうまかったけど、その天丼屋たぶん忘れるなって思って、そこの箸を貼ってあったりとか。
糸井
箸袋だね(笑)。

燃え殻
そうそう(笑)。結局、十何年行ってないんですけど、でも、天丼のシミとか付いてて。
糸井
行くかもしれないっていうのが、何ていうか、自分が生きてきた人生にちょっとレリーフされるんだよね。
燃え殻
はいはいはい。
糸井
で、行かなくもそのレリーフが残ってんだよね。
燃え殻
そう、行かなくても残ってる。

糸井
その感じっていうのと、燃え殻さんの文章を書くってことがすごく密接で(笑)。
燃え殻
すごく近い気がして。
糸井
ねえ。これは俺しか思わないかもしれないっていうことが、みんなに頷かれないでいたときって、「悔しい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
燃え殻
すごくうれしい。
糸井
だから、ゴールデン街で酒飲んでそのまま何だか寝ちゃって、起きたときのお天気なんていうので頷ける人は、たぶん同じこと経験してないけど、けっこういると思うんです。で、発見したのは「俺」なんです、明らかに。だけど、同時に、それが通じるっていう。
燃え殻
そうですね。「経験してないけど、なんかわかるよ」っていうところがうれしいんですよね。

(つづきます)

第2回 ここにいてもいいんだって。