もくじ
第1回漁港で待つデビュー戦 2019-02-26-Tue
第2回ひたすらシャッターを切った 2019-02-26-Tue
第3回「かっこいい」を撮りたい 2019-02-26-Tue

アボカドの木と暮らす日を夢見るカメラマン。食うためのしごとは、執筆と編集。

私の好きなもの</br>写真撮影

私の好きなもの
写真撮影

担当・山下雄登

人見知りの私にとって
写真撮影はこの上ないコミュニケーションツールです。

見つめることが恥ずかしいものでも
ファインダーとレンズを介せば、
向かい合い続ける勇気が湧いてきます。

仕事でも趣味でも今や
カメラを手放すことはできません。
写真を撮る行為そのものがとても好きなのです。

でも、「好き」と堂々と言えるようになったのは
社会人になってから。

学生時代までは撮るには撮っていましたし、
好きっていえばまあ好きでしたが、人並み程度。
あったら嬉しいけど、なくても大丈夫。

そんな「写真撮影」をかけがえのないものに変えたのは、
社会人1年目に経験した
ある漁師への取材がきっかけでした。

きっと一生忘れられないその日のことを
振り返ってみます。
全3回お付き合いください。

第1回 漁港で待つデビュー戦

2015年4月28日20時45分。
人生で初めて買った一眼レフカメラを首からぶら下げ、
私はたったひとり山形県の漁港に立ちつくしていた。

暦の上では春が来ているが、
東北の夜はまだまだ冷える。
波止場をほのかに照らすオレンジの灯りは、
誰もいないことを暗に示し、孤独感を引き立てた。

私は、ある漁師の到着を待っていたのだった‥‥

時間をすこし巻き戻そう。

高校生まで地元・佐賀県で暮らし、
横浜の大学を卒業した私は、
東北地方の一次産業関連の会社に就職した。
そこでは農家や漁師を取材し、毎月雑誌を作っている。

小さな会社なので、
スタッフたちに具体的なポジションはない。
取材、制作、商品設計、受発注管理、発送、経理、顧客対応‥‥
みんなが横断して業務をこなしていた。

社会人一年生。
なにが得意か、どう役に立てるかなんて分からない。
まずはスポンジのようにすべてを吸収していこうと思い、
指示されたことは「はい」と答えて、なんでもやる。

身寄りのない土地で就職することに心配する
周囲の声がちらほら聞こえたが、
私は東北で仕事できることに心躍っていた。
学生時代にボランティア活動で度々訪れては
土地にも人にも親しみを抱いていたため、
東北を舞台に仕事ができることをうれしく思っていたのだ。

そうして入社数週間が過ぎたある日、
会社の代表から「今度の撮影、よろしく」と
白羽の矢が立てられた。

「今度の撮影」、それは漁業の撮影だった。
雑誌の次号で、
山形県の甘エビを獲る漁師を特集するという。
その漁師の仕事に密着し、誌面用の写真を
撮影するのが私のミッションというわけだ。

具体的なポジションはない。横断して業務にあたる。
そうはいっても、まさか「写真撮影」という
一定の技量が求められる役割を
振られるなんて想像もしていなかった。
急な抜擢に頭はまっしろになったが、
無意識かつ反射的に口からは
「はい」という返事が出ていた。

大学生のころに友人の一眼レフを借り、趣味で撮影。
就職後すぐに、仕事でいつか使えたらいいなと思い、
人生初のマイカメラを購入。
その程度のカメラ歴の自分にこの役目は務まるのか。
それまで通算数百枚しか撮ったことのない自分が
「仕事」としてカメラを手にして大丈夫なのか。

ミッションを承諾した後、
かつてないプレッシャーが襲ってきた。
果たして自分に「使える写真」が撮れるのか。
そもそも漁船の上でどんな写真を撮ればいいのだ‥‥

取材当日。
不安は消えるどころか大きくなって、
波止場まで持ち越されていた。

首にかかるカメラのストラップが
普段以上に重たく感じる。

他人の心配をよそに闊歩する
ウミネコを疎ましく眺めながら、
私は漁師の到着を待っていた。

第2回 ひたすらシャッターを切った