泣きそう
初めて東京ステーションホテルでロイヤルミルクティーを
飲んだ時、大袈裟でもなんでもなくそう思った。
出会いは4年以上前。
その当時、読んでいた本に
「非日常の経験が人を成長させる」
みたいなことが書かれていた。
その例としてホテルのラウンジを一人で利用することが
挙げられていたのだ。
たくさんのことが書かれていたはずの本の中で、
その一文に、やけに惹かれたのは
いろいろなことに慣れてしまった毎日の中、
自分を変えるきっかけを探していたのかもしれない。
こうして、たまたま目にした本に影響された私は、
生まれて初めて、ホテルのラウンジへの挑戦を決めたのだ。
普段の生活の中心は神奈川なので
「せっかくなら東京にいこう」と意気込み、
ネットで調べ始めたのもつかの間。
「東京 ホテル ラウンジ」という検索ワードに、
「ひとり」「入りやすい」と、
だんだんと弱気な単語を追加していく私。
非日常を経験するために行くのだから当たり前だけど、
たったひとりで、そんな高級感あふれる場所にいけるのか…
つまみだされたりしないだろうか…。
そんな風にしばらく悩んだ割に、
我ながら突拍子もない決断をする。
東京ステーションホテルのラウンジに行く!
東京ステーションホテルは
その名の通り東京駅、丸の内駅舎の中にある。
大正時代創業。
文学作品の舞台にもなっている由緒正しきホテル。
自分が足を踏み入れるなんて思ってもみなかった場所。
振り返ってみても恐れ多いくらいのその場所を選んだのは、
レンガ造りの駅舎に溶け込むホテルのたたずまいを
素敵だと思い、いつも遠目に見ていたから。
調べれば調べるほど尻込みしそうになる自分を
「こんなことがなきゃ行けない!」なんて励ましながら、
憧れの場所に行くことを決めた。
たまたま仕事で都内にでた帰り道、
これはチャンスとばかりに
ラウンジでのお茶を決行することにした。
いざ憧れの場所を目の前にすると、
「この格好で大丈夫かな」
「やっぱり誰か誘えば良かった」なんて、
本に書いてある「成長」から遠く離れ、
心細い気持ちでホテル入口に立っていた。
とはいえ、ここまで来たら後戻りはできない。
大理石に囲まれた静かな廊下を恐る恐る進んだ先に、
目指していた場所はあった。
ウェイターの方は私の不安を知ってか知らずか、
まるで私を待っていたかのように柔らかな笑顔。
丁寧に案内された先は、
私が想像してた場所とはちょっと違った。
静かではない。
でも、決して騒がしいわけでもない。
それぞれが発する音が混ざり合ってとても心地良い空間。
ウェイターの方の優しい笑顔と、
居心地の良い雰囲気のおかげで、
渡されたメニューを「どれどれ…」なんて
優雅な気持ちで見る余裕がでてきた。
紅茶好きの私は、
いつもなら迷わずストレートの紅茶を選ぶ。
だけど、ここまできたら郷に入れば郷に従え。
メニューの中で、色つきの枠に囲まれて、
特別感漂う「ロイヤルミルクティー」を頼むことに決めた。
そして、冒頭に戻る。
「泣きそう」
口にした瞬間、そう思った。
もしかしたらちょっと泣いてたかもしれない。
ふんわり香るカカオに優しい甘さ。
包み込むあたたかさ。
切なく、でも心地よく、
飲み物でこんなに胸が締め付けられたことなんてない。
生まれて初めての感覚に一瞬で虜になった。
まだ席について10分くらいのこの瞬間に
「次はいつ来よう」と思うほどに。