もくじ
第1回わたしが羽生さんくらいの気持ちで 2019-03-19-Tue
第2回着るもので変わる 2019-03-19-Tue
第3回着物とはなんだろう 2019-03-19-Tue
第4回喜三郎とキサブロー 2019-03-19-Tue
第5回まず着れないものをつくる 2019-03-19-Tue

アボカドの木と暮らす日を夢見るカメラマン。食うためのしごとは、執筆と編集。手づくりのウマいハンバーグを食べると、よく涙がこぼれます。

着るものをつくるイトコ

着るものをつくるイトコ

担当・山下雄登

わたしの親戚に
代々着物をつくる家系があります。

その家のイトコは
美大を卒業し、明和電機などを経て
数年前に着物づくりの道を歩み始めました。

名前はキサブローといいます。
本名はべつにあります。
女の子として生まれたので、
女の子らしい名前がかつての本名でしたが、
今の本名は男らしいものです。
強いて言えばトランスジェンダーだそうですが、
本人はあまりとらわれていない様子です。

そんなキサブローさんがつくる着物は
いわゆる着物の枠をはみ出しています。
和服なのか洋服なのか。
男ものなのか女ものなのか。
性別的にとらえどころのないイトコは、
やっている仕事もとらえどころがありません。

この際、どんな仕事をしていて
どんなことを考えているのか、
じっくり話を聞いてみたいと思い、
インタビューを申し込みました。
(全5回)

プロフィール
キサブローさんのプロフィール

第1回 わたしが羽生さんくらいの気持ちで

——
こんにちは!
キサブロー
今日はよろしくね。
従兄弟からのインタビューってことで
たのしみです。
——
こちらこそたのしみです。
 
さっそくだけど‥‥
去年、羽生善治さんが竜王戦で着る
着物をつくるっていう
大きな仕事があったよね。
きっかけはなんだったの?
キサブロー
去年の夏にテレビ番組のコーナーで
キサブローの特集をしてもらったときに、
それを羽生さんの奥様の
羽生理恵さんがたまたま観ていて。
——
おお。
キサブロー
竜王戦という重要な試合があるので
着物をつくってくれませんか、
っていう問い合わせが来て。
ええーーっ! って。
——
テレビってそういう力があるんだね。
キサブロー
衝撃だよね。
わたしの人生が、羽生善治さんの人生と
ぶつかることがあるんだなって‥‥

——
思いもよらない接点だよね。
羽生さんからは着物について
リクエストはあった?
キサブロー
まず羽生理恵さんと会って
あらかたの方向性を決めた。
それから羽生善治さんに会ったんだけど。
リクエストというリクエストはなく、
好きな色や素材、
柄とかは教えてもらって。
——
うんうん。
キサブロー
それと、対局においては
新しい気持ちで挑みたいと。
将棋界も移り変わっていってるじゃない。
戦法が昔と今ではけっこう違ったり、
AIが出てきたり。
——
たしかにAIが
「常識はずれな一手を指した!」
みたいなのをテレビでみたことある。
キサブロー
そうそうそう。
こういう時代だからこそ
新しいことにチャレンジしていきたい、
気持ちから変えていきたいところが
羽生さんの中にあったそうで。
今までの着物じゃないもので挑みたいと。
——
それを受けてどう考えていくんですか。
着物に落とし込むときって。
キサブロー
すごく重要な試合だったから、
突飛なものをつくるのは少しちがうなって思って。
——
うんうん。
キサブロー
まずは羽生さんに合うような素材選びから。
動きやすさを考えて、
スーツに使っているウール生地を使いました。
——
いちばんはじめは
羽生さんのサイズを測るの?
キサブロー
うん、採寸。緊張するよね。
——
採寸したら、
あとはひたすらつくっていくんですか。
途中でイメージを共有したりはする?
キサブロー
スケッチや、できあがりのイメージを
メールで送ってやりとりはしました。
そのやりとりの中で、
どこかにウサギのモチーフを入れられないか
みたいなことがあって。
——
ウサギが好きなんだ。
キサブロー
すごい好きなんだって。
じゃあどうしようって思って、
鳥獣戯画のウサギだけをとにかく集めて
襦袢の衿元に染めました。
——
鳥獣戯画って絵巻物の‥‥
キサブロー
そう、ウサギとかカエルが描かれている。
それのウサギだけを集めて、染めた。
——
おもしろいね。
できあがった着物は一発オーケー?
キサブロー
実際に羽生さんに着せるところは
やっていないんだけど、
納品したときに鳩森八幡神社で
一緒に必勝祈願をしました。
初戦はわたしの着物を着て勝利だった。

——
竜王戦はリアルタイムで観たの?
キサブロー
観た。
わたしは羽生さんじゃないし、
ご家族でもないんだけど、
ただ着物をつくった人なだけなんだけど、
なんかね気が気じゃなかった。
 
まず対局時間が長い(笑)。
素人は盤目を観ているだけじゃ
勝つのか負けるのか局面がわからないし。
そもそも勝負の世界って
自分の中になかったからさ。
——
一観戦者とはまたちがう‥‥
キサブロー
ちがう。
わたしの着物を着て
何かあったらどうしよう
っていうところがある。
——
責任感?
キサブロー
責任感だね。
——
それおもしろいね。
将棋を指してるのは羽生さんなんだけど、
着物のつくり手が
責任を感じてしまうのは
なんでだろう。
羽生さんの食事を
調理して提供する人だったら、
ダイレクトに影響が出る可能性があるから
責任を感じるものわかるけど。
キサブロー
服という特性かな。
新品の服を着るとさ、
気分良かったりするじゃない。
——
うん。
キサブロー
感情にダイレクトに響くところがあるのよね。
着心地とか、どう見えてるかも含めて。
——
なるほど。
服そのものは主役ではないけど、
主役に大きな影響を与えてるのか。
キサブロー
そうそう。
「わたしが羽生さん」
ぐらいの気持ちで観てたからね。
ぜったいにそんなわけはないんだけど。
わたしがこんなハラハラしてるなか、
羽生さんはぜったいハラハラしてない
って思いながら観るんだけど。
気が気じゃなかった。
ご家族の方は毎回
こんなにハラハラなのかなと思った。
——
初戦勝ったときはどう思った?
キサブロー
もう、よっしゃーーーって。
安心した。
第2回 着るもので変わる