一年ほど前に、27歳の僕は東京から
島根県の小さな島に移住した。
島で暮らすようになって、僕の中には、
いろんな変化があったのだけれど、
その一つが、社会人になってから四年間、
ほぼ毎日着ていたスーツを着なくなったことだ。
三月の上旬、仕事の関係で、
とある高校の卒業式に出席するため、
久しぶりに、スーツに袖を通す機会があり、
「そういえば、長いことスーツ着てないな」
と、ふと僕は気づいたわけである。
でも、その日アイロンをかけたシャツに、
ネクタイを締めて、ジャケットを羽織り
みがいた革靴をはいて朝早く家から出るとき、
僕は背筋がピンと伸びて、
とても晴れやかな気持ちを感じた。
そして、晴天に恵まれた卒業式が無事に終わり、
そのあと、たまたま同僚とスーツの話になった。
しかしその話の中では、スーツはできるだけ
着たくないという意見が多数を占めていた。
たしかに、スーツは値段もそれなりにするし、
クリーニングに出すのも、シャツのアイロンも、
靴をみがくのも、どれもめんどくさいと言えば、
本当にその通りである。
でも、そんな同僚の話に合わせながらも、
実はどこかで共感しきれない自分がいた。
この冬、がぜんパタゴニアのフリースで
アウトドア派をよそおっていた自分が
どうしたことか、と思ったのだけれど、
あの日、久しぶりにスーツを着たときの
晴れやかな気持ち、身が引き締まる気持ちが、
妙に、頭の中から離れないのである。
僕が島に持ってきたスーツには、
どれも「豊洲」と書かかれたクリーニングの
タグがしっかりとついたままなのだけれど、
一着一着のスーツを、僕は部屋に並べて、
久しぶりに眺めながら、妙に頭から離れない
スーツのことを考えてみることにした。
(つづきます)