十文字美信的世界。
生き方が、もう表現であるような。

第3回 犬を調べていたら、ヤオ族に辿りつく。




 「この度の十文字さんの対談、
  メールマガジンで予告いただいた時より
  すごく楽しみにして、
  首を長くして待っておりましたら、
  すぐ始まったので、大変うれしく思っております。
  わび。
  奥が深く、それを思う人ごとに、
  無限の広がりをもつこの魅力的な世界を
  十文字ワールドとして、
  どんな姿で見せてくださるのか?
  期待を裏切らない写真集でした。(読者の平井さん)」



  さっそく、こんなメールをいただいています。
  毎日読んでいただき、ほんとうにありがとうございます。
  今日からの数回で十文字さんが語るお話は、
  ほんとうに予測もつかない方向に展開していきますよ。
  どうぞ、たのしんでくださいませ!






糸井 十文字さん、話の展開がすごいなぁ。

療養用に飼っていた犬を、
思わず調教していたらハマりこんで、
2年目には、犬の大会で3位になったりしてる。

そのうちに、
「犬ってなんだ?」
と思いはじめたって……(笑)。
十文字 犬の文献をいろいろ読んでいるうちに、
『南総里見八犬伝』ってあるじゃないですか。
糸井 (笑)『八犬伝』に行った!
十文字 うん。
「あれってなんだ?」と思ったんです。
読んでみると、前半と後半で中身がずいぶん違う。
糸井 へぇー。
十文字 物語に、犬が出てくるわけですよ。
「やつふさ」という名前なんだけど、
その犬が敵の大将を殺してくるんだね。

敵を討って帰ってきた時に、
里見義実っていう殿さんが、
犬に向かって、褒美に
「なんでも欲しいものを言え」と尋ねるんだ。
そうすると犬は、娘の伏姫が欲しいと言う。

殿さんは「え?」と思うけど、
1回クチに出したことだから、
もし、約束を破ると
何か悪いことがおきるかもしれない、
ということで、伏姫がお父さんをいさめて、
犬と一緒になる決心をするんです。
そして犬の背に乗って洞窟に入る。
糸井 おー。
十文字 言わば、人間と犬との混交の話ですよ。
胎内に生命をはらんで、
伏姫が死ぬ時に8つの玉が飛び散る。
それが『八犬伝』の前半なんです。
後半は、8つの玉を持った侍が活躍するという、
ぜんぜん違う話になっちゃうの。

その前半の話というのは、これは、
作者の曲亭馬琴のオリジナルじゃないだろう、
と思ったんです。あまりにも奇想天外な話だから。
後半はふつうのお話なのに、前半はすごいから、
もしかしたら、これは原本があるんじゃないか。
そう思ったんですね。
犬祖神話みたいなものを汲んでいるとか。
糸井 なるほどなるほど、浦島伝説だとか。
十文字 そう。

それを調べているうちに、
中国の少数民族の始祖神話の中に、
まったく同じ話があった。
それを図書館で見つけて、調べてみたら、
「現在でも
 その始祖神話を持っている種族がいる」
と。
糸井 またすごい話だよ……(笑)。
実は、そういう流れだったんだ、
あの写真集の発端は。
十文字 そうなんです。
「いったいその種族はどこにいるんだ?」
と思って調べてみたら、ヤオ族だったわけ。
インドシナ半島の、中国との国境の山岳地帯。
「黄金の三角地帯」と呼ばれている、
それはそれは、たのしいところです。
糸井 (笑)よりによって……麻薬の栽培地ねぇ。
十文字 (笑)よりによって!
どうして俺は、
すぐにそういうことになるのかなぁ、

とは思ったんだけど。
糸井 (笑)だいたい、いつもそうなるんだろうね。
十文字 でも、ま、
ここまできたら行ってみようということで、
それがあの本になったの。
糸井 わはははは。

それがあの本なの?
それって、写真家として
何を撮るかというよりも先に、
個人の興味があったんだ?
十文字 そうだよ。
俺の場合は、だいたいそうですね。
だから、写真集っていうのはほんとに、
あのヤオ族の本なんか、自分が体験したことの
100分の1ぐらいしか入ってない。
だって、どう書いていいかわかんない(笑)。
糸井 (笑)そりゃ、そうだよね……。
職業は「写真家」なわけだし、
研究者っていうわけじゃないから、
そこが悩みと言えば、悩みだよねぇ?
十文字 いまだったら違う作り方があるだろうけど、
当時、ぼくがそういうことを書いたとしたら、
「いったいこの本は……なんですか?」
っていうことに。
糸井 なるだろうねぇ。
「おまえは誰だよ?」
って言われたでしょうね。
十文字 紀行文なのか写真集なのか、
旅ものなのか、小説なのか、
冒険書なのか、分類がないわけです。
糸井 あははは。
自分としては、自然なんだけどねぇ……。
十文字 自然なんだけど(笑)。
糸井 すごいなぁ……。
俺、はじめて知ったよ。
この話って、みんな知ってるの?
十文字 知らないよー。
糸井 (笑)そうだよね……。
みんな、ふつうに、
「写真撮りに行った」と思ってるよね?
十文字 うん。
本の中に、何書いていいかわからないから、
ヤオ族の巻物のことについてしか書いてない。
その他のことを書いたら、
始祖神話にはなるわ、軍事的な話は出るわ、
ヘロインの話しになるわで、荒唐無稽でさー。
「007」の世界もあって、
ぜんぶ書いたら、わけわかんなくなるもの。
糸井 そうしたら、「俺」っていう成分が、
もっと濃く、本の中に出るよね。
でも、しょうがないよねぇ、
ほんとのことなんだから(笑)。

俺、その十文字さんのものすごい動きの
前後をつなげるために、自分で勝手に解釈して、
「写真を撮るために犬を訓練した」
って思ってた。おおぜいにウソをついてたよ。

実際に、訓練と目的が合致したもんだから、
ひとりで十文字さんが写真を撮っても、
現場で犬が守っていてくれていたという……。
十文字 いや、ちがうちがう。
その神話が記された「評皇券牒」という巻物が、
文化人類学的には、非常に貴重な文献で、
フランスの文化人類学者が、
フランスがインドシナ半島を占領していた時に
1本だけ見つけたっていうぐらいしか、
本物が残っていないんですよ。

やたら、燃えちゃって。
「俺が見つけてやろう!」と。
糸井 (笑)宝探しみたいになっちゃったの?
十文字 なっちゃった。
糸井 ……それもすごい!


(明日の第4回に、つづきます)

2003-01-15-WED


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