糸井 |
十文字さん、話の展開がすごいなぁ。
療養用に飼っていた犬を、
思わず調教していたらハマりこんで、
2年目には、犬の大会で3位になったりしてる。
そのうちに、
「犬ってなんだ?」
と思いはじめたって……(笑)。
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十文字 |
犬の文献をいろいろ読んでいるうちに、
『南総里見八犬伝』ってあるじゃないですか。 |
糸井 |
(笑)『八犬伝』に行った! |
十文字 |
うん。
「あれってなんだ?」と思ったんです。
読んでみると、前半と後半で中身がずいぶん違う。 |
糸井 |
へぇー。 |
十文字 |
物語に、犬が出てくるわけですよ。
「やつふさ」という名前なんだけど、
その犬が敵の大将を殺してくるんだね。
敵を討って帰ってきた時に、
里見義実っていう殿さんが、
犬に向かって、褒美に
「なんでも欲しいものを言え」と尋ねるんだ。
そうすると犬は、娘の伏姫が欲しいと言う。
殿さんは「え?」と思うけど、
1回クチに出したことだから、
もし、約束を破ると
何か悪いことがおきるかもしれない、
ということで、伏姫がお父さんをいさめて、
犬と一緒になる決心をするんです。
そして犬の背に乗って洞窟に入る。 |
糸井 |
おー。 |
十文字 |
言わば、人間と犬との混交の話ですよ。
胎内に生命をはらんで、
伏姫が死ぬ時に8つの玉が飛び散る。
それが『八犬伝』の前半なんです。
後半は、8つの玉を持った侍が活躍するという、
ぜんぜん違う話になっちゃうの。
その前半の話というのは、これは、
作者の曲亭馬琴のオリジナルじゃないだろう、
と思ったんです。あまりにも奇想天外な話だから。
後半はふつうのお話なのに、前半はすごいから、
もしかしたら、これは原本があるんじゃないか。
そう思ったんですね。
犬祖神話みたいなものを汲んでいるとか。 |
糸井 |
なるほどなるほど、浦島伝説だとか。 |
十文字 |
そう。
それを調べているうちに、
中国の少数民族の始祖神話の中に、
まったく同じ話があった。
それを図書館で見つけて、調べてみたら、
「現在でも
その始祖神話を持っている種族がいる」と。 |
糸井 |
またすごい話だよ……(笑)。
実は、そういう流れだったんだ、
あの写真集の発端は。 |
十文字 |
そうなんです。
「いったいその種族はどこにいるんだ?」
と思って調べてみたら、ヤオ族だったわけ。
インドシナ半島の、中国との国境の山岳地帯。
「黄金の三角地帯」と呼ばれている、
それはそれは、たのしいところです。 |
糸井 |
(笑)よりによって……麻薬の栽培地ねぇ。 |
十文字 |
(笑)よりによって!
どうして俺は、
すぐにそういうことになるのかなぁ、
とは思ったんだけど。 |
糸井 |
(笑)だいたい、いつもそうなるんだろうね。 |
十文字 |
でも、ま、
ここまできたら行ってみようということで、
それがあの本になったの。 |
糸井 |
わはははは。
それがあの本なの?
それって、写真家として
何を撮るかというよりも先に、
個人の興味があったんだ? |
十文字 |
そうだよ。
俺の場合は、だいたいそうですね。
だから、写真集っていうのはほんとに、
あのヤオ族の本なんか、自分が体験したことの
100分の1ぐらいしか入ってない。
だって、どう書いていいかわかんない(笑)。 |
糸井 |
(笑)そりゃ、そうだよね……。
職業は「写真家」なわけだし、
研究者っていうわけじゃないから、
そこが悩みと言えば、悩みだよねぇ? |
十文字 |
いまだったら違う作り方があるだろうけど、
当時、ぼくがそういうことを書いたとしたら、
「いったいこの本は……なんですか?」
っていうことに。 |
糸井 |
なるだろうねぇ。
「おまえは誰だよ?」
って言われたでしょうね。 |
十文字 |
紀行文なのか写真集なのか、
旅ものなのか、小説なのか、
冒険書なのか、分類がないわけです。 |
糸井 |
あははは。
自分としては、自然なんだけどねぇ……。 |
十文字 |
自然なんだけど(笑)。 |
糸井 |
すごいなぁ……。
俺、はじめて知ったよ。
この話って、みんな知ってるの? |
十文字 |
知らないよー。 |
糸井 |
(笑)そうだよね……。
みんな、ふつうに、
「写真撮りに行った」と思ってるよね? |
十文字 |
うん。
本の中に、何書いていいかわからないから、
ヤオ族の巻物のことについてしか書いてない。
その他のことを書いたら、
始祖神話にはなるわ、軍事的な話は出るわ、
ヘロインの話しになるわで、荒唐無稽でさー。
「007」の世界もあって、
ぜんぶ書いたら、わけわかんなくなるもの。 |
糸井 |
そうしたら、「俺」っていう成分が、
もっと濃く、本の中に出るよね。
でも、しょうがないよねぇ、
ほんとのことなんだから(笑)。
俺、その十文字さんのものすごい動きの
前後をつなげるために、自分で勝手に解釈して、
「写真を撮るために犬を訓練した」
って思ってた。おおぜいにウソをついてたよ。
実際に、訓練と目的が合致したもんだから、
ひとりで十文字さんが写真を撮っても、
現場で犬が守っていてくれていたという……。 |
十文字 |
いや、ちがうちがう。
その神話が記された「評皇券牒」という巻物が、
文化人類学的には、非常に貴重な文献で、
フランスの文化人類学者が、
フランスがインドシナ半島を占領していた時に
1本だけ見つけたっていうぐらいしか、
本物が残っていないんですよ。
やたら、燃えちゃって。
「俺が見つけてやろう!」と。 |
糸井 |
(笑)宝探しみたいになっちゃったの? |
十文字 |
なっちゃった。 |
糸井 |
……それもすごい! |