十文字美信的世界。
生き方が、もう表現であるような。

本人はごく自然にやっているらしいんだけど、
周囲のぼくらみたいな平凡な人間は、息をのんでしまう。
そう、写真家の十文字美信さんのことです。

こんどの写真集は、『わび』(淡交社)というんですけど、
この人、また、とんでもない世界を相手にしはじめた!
これまでほとんど語られなかった彼の表現の世界を、
突然の対談のなかから、読み取ってください。
本人自身が、作品だよ、これは。

第10回 おれがアート、おまえもアート。


糸井 「黄金」の本のほうは、『わび』に比べると、
きっと、知りたいという欲が強すぎるんですよ。
「黄金をめぐる戦い」があるような気がする。
『わび』には、戦いじゃない何かを感じたわけで。
十文字 黄金は、途中で3Dで見せる、
みたいなことを、やっていたでしょう?
世間がまだ3Dに何の興味も持ってないころから、
自分で機材を作ってやってて……。
俺、特許をふたつ持ってるんだよ。
糸井 (笑)そんなことまでしてたの?
十文字 SONYがそれを見て、
「共同で名前をだしましょう」って電話がきたから、
連名で特許持ってるんですよ。
糸井 (笑)すごいなぁ、それ。

黄金の時の写真には、なんか、
スケベさがあるような気がしたんです。

「奥のほうは、どうなっているんだろう?」
というか、学問の持っているスケベさに
似たものを感じていたんですよ。
「すごい知りたいんだろうなぁ」
とは思ったんだけど。

『わび』では、そのスケベさじゃなくて、
もっといいスケベさになっているよね。
十文字 たぶん、黄金のころは、
まだ必死に勉強をしていたからだと思うんです。
言ってみれば
「教養を深めたい」というスケベさかもしれない。
「仏教ってなんだ?」
「阿弥陀如来ってなんだ?」
「三昧ってなんだ?」
糸井 大脳を感じますよね。
十文字 そういう、いわゆる勉強をやっていたんだけど、
最終的には3Dにしたことで、
「もう、金は、娯楽だぞ!」と……。
そこで、結論が出たんですよ。
金っていうのは、やはりたのしむもので。
糸井 あ、そうか。
3Dにした時に、スケベさが成仏したんだ?
十文字 うん。「金は、体験だよ」と。楽しもうよ、と。
糸井 その意図は、
人には理解できなかっただろうなぁ(笑)。
十文字 そりゃ、そうだよ(笑)。
糸井 でも、自分の中では解決したね!

目の前に、金を山ほど置いた場所を作るのが、
ほんとうの娯楽だよね。
十文字 うん。快楽という意味ではね。
でも人は面白いね、知ってしまうと、
その瞬間からもう、ざわざわしないんだよ。

まだ、何も実際に行動を起こしていないから、
ほんとうは、
クチにするべきじゃないのかもしれないけど、
最後は自分自身で
何かをしようと思っているんです。

作りおわったあとは。

まだ、ぜんぜん、見えていないけど。
糸井 あぁ……。
自然に、そこに行くよね。
つまり、あらゆる計画は都市計画になるように、
たぶんそこに、行くんですよね。
十文字 即身成仏とかやる坊さんの気持ち、
なんかわかるもん。
即身成仏してみたいっていう気持ちは、
なんとなくわかるよ。
糸井 つまり、なんか
最後は、生きることそのものを
アートにしていくしか、ないんだよね。
十文字 最後は、自分がただ、
立ったり座ったりしていれば、
それを見た人が、
「あ、もうこれだ」と……。「こいつはすげえぞ」と。
糸井 「俺がアートだ」と。

それは同時に、
「おまえがアートだ」
っていうメッセージでもあるんだよね。
十文字 そう!
そう思ってくれないとね。
糸井 十文字さんは、ポルノには行かないの?
十文字 未発表のポルノはあるよ。自分だけのね。
ただ、個人的なものだから。

だけど、ポルノは、しみじみ撮るねぇ。
俺、いちばん最初に撮っていた写真は、
ガールフレンドと
セックスしている時の顔だったから。
糸井 あ、そうなんだ。

ポルノも、美というものだよね。
「欲情するってなんだ?」
「エネルギーが沸きあがる理由は何?」
ということでは、
研究者になれるタイプの話だと思う。

ただ、性器がうつっているだけで
もう載せられないというものなわけで、
だけど毎日毎日みんなが見ているのがポルノ。
これを、ほんとにいやらしい意味じゃないと
信じてもらって作った時には、
いいものができるような気がして……。

性には、支配関係があるでしょう?
夫婦がなぜセックスをしなくなるかというと、
それはきっと支配関係が壊れるからですよね。
支配関係がある夫婦は、
いつまでもセックスをどんどんするだろうし。
そういうことを考えて、作ってみるというか。
十文字 だけど、エロティシズムって
共有できないのかもしれないね。
糸井 でも、共有できるかどうかは、
試せないじゃないですか。
十文字 試せない。

でも、エロティシズムは、
同時に持つものではないと思う。
共有するエロティシズムなんて、
底が浅いような気がする。
エロティシズムだけは、深ければ深いほど、いい。


自分の持っているものを他人が見て、
すごいエロティシズムを感じた瞬間に、
そこから離れるような気がするんです。
なんか、そういう感じがある。

つまり、自分の作ったエロティシズムを
誰か3人ぐらいの人に見られた瞬間に、
作った側のエロティシズムはなくなっちゃう、
という宿命があると思う。

見られて感じるエロティシズムは
鮨を食べに行って、
まぐろを焼いてもらうようなもんでしょう。
糸井 俺はそこは、あいだに
媒介として「黄金」にあたるものを、
1回、撮るべきなんだと思うんですよ。

つまり、人がいいって思うに決まってる
大商業主義的なポルノグラフィの傑作は、
「黄金」にあたるものですよね。
いいに決まっているものを探る商業主義を通して
できあがったエロティシズムを通貨にすれば、
答えが見えてくるんじゃないかなぁ?
十文字 エロティシズムって、それぞれの性格と
モロに直結しているものだから、
微妙に違うと思う。

ほんとのことを言うと、
誰もが同じように感じる
エロティシズムなんてないんですよ。
糸井 でも、黄金が消えなかったように、
みんな、セックスしつづけているじゃないですか。
だとしたら、みんなの個人的な
エロティシズムを抽出したのがポルノですよ。
ピンナップもそうだし。
十文字 エロの一部は、共有できるんだよね。
でも、自分の感じているエロティシズムって、
エクスタシーに近いじゃないですか。
だいじにしているし、それはやっぱり、
共有した瞬間にエクスタシーじゃなくなっちゃう。
娯楽だとか、別なものになっちゃうよ。
糸井 黄金が娯楽であったと同じように、
おおぜいに見せる、
きれいなポルノってあるじゃない。

それがいちばん商売になったわけだけど、
「それじゃ足りないよね」
とみんなが思いながら見ている。
その「足りなさ」をわかるために、
1回、いちばんいいものってなんだって
探ってみたらどうかなぁと思うの。


「あらゆる芸術がポルノに近づき、
 あらゆるポルノは芸術に近づく」
っていう言葉があるようにね。
十文字 たぶん、象徴化して抽象化しないと、
なかなか人と共有はできないんですよね。

だけど、他のことならいざしらず、
エロティシズムだけは、象徴化しちゃうと、
自分の生理に届かないものがあるんですよ。

エロティシズムだけは、具体的なほどいいなあ。

そこはたぶん、
男のことで言えば、実際に女を触っているのと、
イク瞬間との違い。
イクのは、自分だけのものなんです。
それは共有できない。

そこをすごく大切にしたいと
思っているヤツには、
なかなか共有できないですよ。
糸井 なるほど。
いまの話、女の人でちゃんと話がわかる人が
参加してくれたら、答えが出てくるかもね。
十文字 支配するとか、支配されるとか、
そういうものが、すごく大きいものだと思う。
糸井 女のほうも、
支配されることで支配しているんですよね。
十文字 うん。
臆するとできなかったりするし……。
上になったり、下になったり、
体位じゃなくてね。気持ちの持ちようがね。
糸井 ただ、話していて、
俺と十文字さんの違いに気づいたよ。

たぶん、俺のほうは、とにかく1回ばらまいて、
そこで流行が生まれて裾野が広がってから
見えてくるものを見たい、というのがあるよね。

だけど、十文字さんはきっと、
先に個人で見たいんだよね。
十文字 そうかもね。
何よりも自分が感じたいんだと思う。
糸井 思えば、しあわせな人生だよね。
ぼくは要するに、他者志向なんですよ。
「俺は景色」なんです。
十文字さんの場合、景色は従属物でしょう?
それは、表現の形態が変わってくるだろうね。
十文字 かつてはそういう気持ちが強かったけど、
でも、いまは個人の体験は、
つまらなくなってきたんだよ。
糸井 本にするだとか
展覧会にする以外の表現方法は……。
十文字 「ないかね?」と、すごく思ってるよ。
糸井 『わび』について、
「まあ、満足してるよ」って言ってたけど、
どうも、さっきからの話をきいていると、
してないよね?
十文字 (笑)やっぱり、ほんとは
本を見た人が実際に体験してほしいよね。
糸井 見る人ぜんぶに、
十文字さんの目の中に入ってもらって
それを通して見てもらいたいんだろうし。

映画でもないし……
表現って、いつもその枠の中で
やるしかないんだろうねぇ。
十文字 映画よりも、舞台が好きですよ。
糸井 そうだね。舞台は1回性だからなあ。
十文字 舞台のほうが好きだし、俺に合ってると思う。
糸井 スポーツは?
十文字 すごい好き。
糸井 やっぱり! 偶然性のかたまりだもんね。
十文字 けっこう見てますよ……。

ぼく、ハンマー投げの室伏くんと
仲がいいんですよ。
こないだBSで彼を扱った番組を見ていたら、
感動しちゃって、すぐに『わび』を送ったの。

そうしたら、すぐにメールが入ってきて、
「いま届きました。
 十文字さんの写真を1枚1枚めくりながら、
 見えないわびを感じます」

って……また感動しちゃったよ!
すごいよなぁ、と思って。
糸井 ハンマー投げもそうだし、
あらゆるスポーツはそういうものですよね。
すごい精神力なんだろうなぁ。
トップクラスの選手は、ほんとにすごいもの。
十文字 うん、すごいと思った。


(ふたりの対談は今回が最終回になります。
 ご愛読を、どうもありがとうございました!)


激励や感想を、お待ちしております。
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2003-01-23-THU

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2003-01-14  第2回 犬を飼ってみたら……。
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2003-01-16  第4回 麻薬栽培地で、神話の巻物を探す。
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