糸井 |
ぼくにとって、
十文字さんは、スターなんですよ。
十文字さんが20代で、ぼくも20代だったころ。
まだ、当時はおたがいに、
「一銭も持っていない人」だったんだけど、
とにかく、十文字さんのほうは、
急に、仕事をたくさんしはじめましたもんね、
資生堂とか、松下電器とか次から次に。
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十文字 |
うん。
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糸井 |
ぼくは人によく言うんだけど、
十文字さんが独立しようという時に、
半年ぶんのラーメンを買いこんで、
「これで食うことには困らない」と
仕事に集中できた話……いい話だよなぁ。
あれって、ほんとの話ですよね?
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十文字 |
ほんとです。
ラーメンじゃなくて、焼きそばだけど。
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糸井 |
それを聞いた時、
「そういうことって、あるんだなぁ」
と感心したんです。
広告の業界や表現の世界にいると、
順番に階段をのぼるっていうふうに
みんな思いこんでいますよね。
修業があって、すこしずつ生活が安定して……。
でも、十文字さんの場合は、一気に、
「安定って何? コレだろ」と
半年ぶんの焼きそばでコンセプトを作っちゃって。
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十文字 |
そうだね。
安定した生活のレベルっていうのは、
自分が基準だから。
焼きそばでよければ、それでもう、
食うことについては安定なわけです。
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糸井 |
その時の考え、ずーっといままで生きているよね。
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十文字 |
そうかもしれない。
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糸井 |
ダイアン・アーバスにすごい意識がいった時も、
十文字さん、パッと飛びこんだもんね。 (※ダイアン・アーバスとは、ポートレートの意味を
変化させたと言われる女性写真家。[1923-1971]
視点をより被写体に近づける撮影が代表的。
自殺後に行われたニューヨーク近代美術館での
回顧展以降は、彼女の写真は伝説的に語られた) あのあたりの十文字さんの写真って、
写真集で言うと、どういうタイトルだったっけ? |
十文字 |
『蘭の舟』ね。(1981・冬樹社より刊行)
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糸井 |
あ、それだ。
ずーっと被写体のいるところで
十文字さんは待ちぶせをしていて、
あれは、ぜんぶ正面から撮っていますよね。
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十文字 |
そうです。
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糸井 |
たぶん、十文字さんが
ダイアン・アーバスを意識したというのも、
その「正面さ」だよね?
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十文字 |
ストロボ一発たいて、という。
真正面から向き合おうということです。
それに、写真と言葉というのを意識してました。
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糸井 |
あの時も、みんなが美しいと言うものへの
疑いと、自分を確かめるみたいな動機があって、
おおぜいの人への提案として、写真が出ていた。
そのあと、もちろんいろんな広告写真は
撮りつづけていただろうけど、
急に、ヤオ族の写真に行きましたよね? (※ヤオ族の呪術師を撮った作品集の
『澄み透った闇』は春秋社より1987年に刊行) |
十文字 |
途中で、カラダ壊したからねぇ……。
犬を飼ったのは、カラダを壊したからです。
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糸井 |
あれ? ヤオ族が最初じゃないんだ?
そのために番犬を育てたんだと思ってた。
「十文字さん、番犬を育てあげてまで
撮りたいものにガーッと行くんだ……」って。
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十文字 |
ちがうちがう。
カラダを壊した療養のために、
犬を飼っていたんです。
ある時女房が、
こんなに小さいジャーマンシェパードを
買ってきたんだけど、生まれて1週間ぐらいの、
考えてみたら、犬っていうのは、
現代では人間社会の中に組み入れられているから、
本来の犬の能力って、出せないんですよ。
全速力で走ることもなければ、
獲物を噛み殺すほど思いきり噛むこともない。
能力はあっても、使い道がない……。
「人間社会の中で、犬が自分の能力を
最大限に発揮できることはなんだろう?」
と言うと、これは調教なんです。
調教してやれば、調教している時は、
犬は全力で嗅跡追及をしたり、
犯人を追跡したり、物品を監視したり、
ジャンプしたり走ったり、ぜんぶできる。
野生の復活です。
そのことに、突然、関心がガーンと行っちゃった。
4年間ぐらい、自分で調教しましたね。
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糸井 |
十文字さんの当時の自分の気持ちに、
すごく近い考えだよね。
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十文字 |
そうかもしれない。
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糸井 |
自分の能力をぜんぶ発揮できるような場所は、
「基本的には、まず、ない」と。
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十文字 |
そうそう。
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糸井 |
なるほどなぁ。
ぼく、そのころの十文字さんの話を
聞いたことがあって、誤解していました。
「犬と一緒に寝たり、
調教の勉強もしているようだ」って(笑)。
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十文字 |
(笑)うん。
犬の調教って、
基本的には軍用犬からはじまっているから、
いまは違うだろうけど、
当時はすべて、軍隊用語でやられてたんですよ。
さっき言った
「嗅跡追及(しゅうせきついきゅう)」も
「脚側(きゃくそく)」もそうだし。
しかも、どっちかと言うと、
訓練には秘密事項が多いわけ、
どうやって犬をしこむのかについては。
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糸井 |
秘伝なんだ?
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十文字 |
それぞれの調教師さんの技術にかかってくる。
だから、そもそも、昔の調教師さんは
他人に自分の技術を教えることって、
嫌がるんです。
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糸井 |
鷹匠みたい。特殊な世界だなぁ(笑)。
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十文字 |
うん。
だいたい、散歩するコースって、
大型犬だと、決まってくるじゃない。
向こうから、デカい犬を連れた人がくると、
カメラマンどうしがすぐわかるように、
調教師さんどうしってすぐわかるらしいの。
そうすると、もう今日は訓練やらないと。
たとえば、バックの訓練ってありますけど、
犬は普段、後ろ向きに歩くことはないですよね。
犬に「バックすること」をどう教えるのか、
それは調教師によって違うわけです。
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糸井 |
そこに……入りこんだんだよね?(笑)
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十文字 |
そう。
4年目ぐらいに、
犬の10種競技っていうコンクールに出て、
最初の年は失格しちゃったんだけど、
2年目は3位になって。
メダルも賞状も、ぜんぶもらった。
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糸井 |
(笑)え? なによ、それ?
でも、その……2年でいきなり
犬の調教大会で3位(笑)っていうのは、
1年目の反省点が、ものすごく生きたわけだね?
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十文字 |
最初の年にどうしてダメだったかと言うと、
人間のほうがダメだったの。自分のほう。
何か、やり方がよくわからなかったからさぁ。
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糸井 |
なるほど。
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十文字 |
向こう(相手)は、みんなプロみたいなもんだから。
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糸井 |
様式が、あったんだ?
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十文字 |
あるある。それがわからなかったんだね。
犬に興味を持ってもらうには、
ある種のコツがあるんだよ。
メリハリというか、毅然とした態度と、
めちゃくちゃに誉めるという
落差がはっきりしてたほうが
犬がはっきりリアクションできるんだね。
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糸井 |
おぉー。
それ、身につけたんだ?
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十文字 |
……うん、ちゃんと身につけた。
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糸井 |
ハハハハハ。
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十文字 |
犬は優秀だったんだよ。
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糸井 |
でも優秀な犬をしつけたのは、
十文字さんだから、実はすごかったんでしょ?
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十文字 |
いや、動物は、ほとんど血統。
人間も、もしかしたらそうかもしれないけど。
競馬だって、そうでしょう?
あるところまでは努力で行くけど、
何百頭もいる中で
トップクラスに行くには血統ですよ。
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糸井 |
2億円の馬をやめて1億円にしたらダメだった、
みたいな話って、いっぱい聞きますもんねぇ。
その時には、ヤオ族は意識していなかったんだ?
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十文字 |
あ、そうか。
そのことを言わなきゃね。
犬を調教していたら、
今度は犬に興味を持ちだしたわけ。
「犬ってなんだ?」と。
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糸井 |
「犬ってなんだ?」って……(笑)。
すごい展開だわ。
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