糸井 |
これだけおもしろい話があるのに、
ヤオ族についてまとまったのは、
ひとつの写真集……なんだよね? |
十文字 |
そう。
『澄み透った闇』という
1冊を作っただけだけど、
ほんのごく一部を載せただけ。
自分の中での「評皇券牒」という巻物をめぐる旅、
それだけの写真集でした。
でも、当時自分の中で、それ以外に
どうまとめていいのか、わからなかったね。
分野もわからないし……。 |
糸井 |
ある種の諦観がないと、作れないよね。 |
十文字 |
それでも見た人は
「おもしろい」って言ってくれたんだから、
「それの100倍ぐらいおもしろい話があるよ」
と、こっちとしては、思っていたんですけどね。 |
糸井 |
でも、しょうがないよねぇ。
そのおもしろさは、総合芸術だから。 |
十文字 |
アハハハハ。 |
糸井 |
そんな中でも、巻物を探すっていう
最初の目的は、まだ生きていたんですか?(笑) |
十文字 |
生きてた。生きまくってた。
その呪術師の息子と知りあって、
呪術師の家にすぐに行った……。
何回か行ったあとは、行くとすぐに
その呪術師の家に泊まっていたからね。
呪術師には息子が6人いるんだけど、
誰もあとを継がない。
そのうち、俺のほうは興味があるわけだから、
いろいろ、たずねるわけですよ。やり方を。 |
糸井 |
なんか、それじゃ……見こまれちゃうじゃん。 |
十文字 |
うん、実際、見こまれた。
32ぐらいある呪術のうちの
6つぐらいは、すぐに覚えちゃったよ。 |
糸井 |
犬の調教師の時と同じ展開だ(笑)。 |
十文字 |
まぁ、そうだね。
呪術師はどんな仕事をしているかと言うと、
別の村に病気の子どもがいれば行って治療したり、
治療といっても、もちろん近代医学ではないけど。
出産すると聞いたら、
そこに行って、伝統的な儀式にのっとり、
安産を祈念するだとか、
そういう仕事をしているの。
それに、一緒についていくんだよ。 |
糸井 |
「カメラマン」がねぇ……(笑)。 |
十文字 |
(笑)そう。
写真は撮らないけど、そのころは。
そのうちに、
「せっかくだから家を建てろ」だとか……。
だから俺、当時、その村に家を1個持ってた。 |
糸井 |
(笑)そんなことも、やったの! |
十文字 |
当時、別荘持ってたの、ヤオ族のその村に。 |
糸井 |
(笑)ハハハハ。 |
十文字 |
最後の最後は、できあがった本を持っていった。
お礼の意味をこめて行ったら、俺の家が残ってた。
「その家にはもう2度と来ることはないだろうなぁ」
と思ったから、そこでいちばん親しくしていた
オカマがひとりいたので……。 |
糸井 |
え? そういうところでも、いるの? |
十文字 |
いるの。
やっぱりオカマってすごく親しみやすくて、
すぐに仲良くなれるんですよ。
それで仲良くなったそいつに、家をあげた。
そいつはケガしちゃって働けなくなったって
聞いたから、そいつに
家をそのまま、あげたんです。 |
糸井 |
その家って、対価は何なの? |
十文字 |
タイの通貨。 |
糸井 |
その村の産業って、農業? |
十文字 |
現金収入は、アヘンを売っているわけだから、
彼らは、ものすごいお金持ちですよ。 |
糸井 |
はぁー、なるほど。
十文字さんがそこで使ったのは、東京での貯金? |
十文字 |
そうですよ。東京のコマーシャルの仕事ですよ。 |
糸井 |
コマーシャルって、いいねぇ、そう思うと。
サントリーのビールを飲んでる人たちのお金が、
働けなくなったオカマの家になったんだ? |
十文字 |
当時は、そういうことになるよね。 |
糸井 |
経済の不思議な生態系を感じるねぇ……。 |
十文字 |
しばらく生活してるうちに、
ずいぶん、コミュニケーションはできたんですよ。
呪術師は、漢字が理解できるから。
ぼくの書く漢字は100%理解される。
彼らの書く漢字は60〜70%ぐらいぼくはわかる。
だから、ほとんど理解できるんですよ、筆談で。
たとえば、「宇宙」とか書くわけ。
これはなんだ、と彼らに出すじゃない。
そうしたら、ちゃんと書いて答えてくれる。
ぼくは70%ぐらいしかわからないから、
日本に帰ってきてから、
中国人の知りあいたちに聞くわけですよ。
「これってどういう意味だ」と。
漢字といっても今では使われていない
古語みたいなものもまじってるから。
で、だんだん、辞書調べたりいろいろして、
けっこう、わかりましたよ。
それと、会話に関しては、
テープを持っていって、録音してくるんです。
それを日本に帰ってきて、
クルマを運転しながら、いつも流して。
語学の練習ですよ。
当時は、ヤオ語もずいぶんしゃべってたんだよ。
いまはすっかり忘れたけど。 |
糸井 |
十文字さん、勉強家だよねぇ……。 |
十文字 |
でもおもしろいよ。
当時は、たぶん、日本人で
いちばんヤオ語を話すのは俺だろう、
なんて思ってたよ。 |
糸井 |
(笑)ぜったいそうだよ。「ひとり」だもん。 |
十文字 |
最後のほうなんかさあ、
朝起きて、あいさつして、メシ食って、
畑に行く若い女の子なんか、からかえたもの。
「おぉ、かわいいケツしてるねぇ」
とか、そういう言葉は、ちゃんとできるもんだね。 |
糸井 |
すごい!(笑)
期間としては、どのぐらい行ってたんですか? |
十文字 |
7年ぐらい。
1回、1か月ぐらい行っていて、
前後の準備に1週間ぐらいかかったから、
実質は、7か月弱ぐらいになるのかな。 |
糸井 |
その1か月には、仕事を入れないようにして。
その1か月以外は、
日本でふつうに、仕事をしてたんだよねぇ……。 |
十文字 |
うん。 |
糸井 |
みんな、何も知らないから、
「なんか、あっち行ってるみたいだよ」
とか言ってたぐらいだったと思う。
どうせ、まわりにだって、
詳しく説明していなかったんでしょう? |
十文字 |
うん、そうだね。
もともと、
何かにまとめてやろうとかいう目的はなくて、
自分のために行ってるわけだから。
結果的には、
「あぁ、こういう体験だったなぁ」
と思って、チョロッと本にはしたけど。 |