糸井 |
いま、この『わび』を作って、
もちろんここに選ばれた写真以外にも、
無尽蔵にたくさんのものが積まれているわけです。
撮っていない作品も含めて、まず1冊出してみて、
気持ちはどうですか?
「足らない」っていうことはあると思うけど。 |
十文字 |
ぜんぜん足らないけど、でも、
いままで作ったもののなかでは、
いちばんうまくいったねぇ。
いままでが、足らなすぎたから。 |
糸井 |
そうだねぇ。 |
十文字 |
この本だって、いままでのように、
ふつうどおりに作ったら、まんなかの
茶の章だけのものになって、おわりだった。 |
糸井 |
十文字さんが、
小学校の修学旅行につきそいして
学生の写真を撮ったような写真になりますよね。 |
十文字 |
わびって、一見、どんなにうまくとろうと、
「当たり前じゃない?」
「知ってるよ」
で終わっちゃうじゃない。
十文字美信が、茶碗をどんなにきれいに撮っても、
当たり前でしょう?
「ふつうでしょ」ってなる。
でも、この本は、そういう意味では、
当たり前じゃないと思ってる。
自分の気持ちの中のすべてじゃないけど、
なんとか、近づいているという感じがしていて。
それが自分では見えてきたから、
見る人がどういう風に
見えるのかはわからないけど、
自分としては、
今までの中ではよい出来だったと思ってる。 |
糸井 |
写真を撮る動機について
十文字さんが語っていたことと重なるんだけど、
写真の外側の世界にふきだすみたいなことを、
ずっとやっていまして、そのことも含めて、
1回、写真集の中に入れてみようと、
枠を作れるようになったおかげで、
こんなものを、作ることができたんだろうねぇ。 |
十文字 |
なんで撮るのっていうのが、いまは、
自分の中で言葉にできるようになってきた、
っていうか……。
さっき質問されたんだけど、
自分が、現実のものを通して見ているものが、
だんだん、わかってきているのよね。
わびって、茶碗を見ようが松を見ようが、
なんとなく、その場に立ちあいながら、
そのものを通して、自分の見ているものがある。
それを、言葉にできるようになってきたんです。
だから、いままでガーッとやってきたのが、
すこしこう、かたちになってきたと言うか。 |
糸井 |
人間ひとりが思う感情の源というのは、
生きてきた経験で変化していくものもあるけど、
自分だけの経験だけだと思うとおおまちがいで、
生まれる前の蓄積が、すごくありますよね。
つまり、何を見てどう感じるのかは、
「作られた何か」が鎌倉時代にできていれば、
その時代からつながっているものを吸いこむ。
だから、この本を見ていて思ったのは、
「十文字美信」がどういう見方をしていても、
とりかこまれて見ていたものというのも、
もうひとつ、すごく長い間の時間として、
体現してしまうんだなぁっていうことでして……。
歳をとればとるほど、字が消えていくから、
「俺が生まれて俺が死んでいく」
ということへの興味が減っていきますよね。
かわりに、俺ができてきたという背景の深さや
奥行きのところに自然に興味がいくもんね。 |
十文字 |
うん、そうだね。 |
糸井 |
その時にこの本ができたんだから、
このあとが、またおもしろいだろうなぁ。
「美って何?」というシリーズだもの。
この本、ほんとに、おもしろいよね。
装丁も、へんなものですよ? |
十文字 |
そうだよね。
これは、強烈でしょう?
デザインは山形季央さんという方です。
資生堂のアートディレクターに
やっていただいたんだけど、
はじめは2種類作ってきてくれました。
この白い装丁っていうのが
ほんとにすごい発想です……。
ふつうは「わび」というと、
地味な色を想像するよね。
「利休ねずみ」とかね。あるいは黒とかね。
でも、真っ白な表紙がでてきた時は驚きました。
考えてみたら、「わび」くらい
白にふさわしい美意識はないんじゃないかなあ。
わびは、清らかじゃないと。
心が清らかじゃないと、わびれないんです。 |
糸井 |
欲が出ちゃうからね。 |
十文字 |
ぼくは、黄金もわびも両方やってきたけど、
わびのシンパなんです。
わびの世界って、
どうひねくれようと、どう転ぼうと、
どんなひとが何を難しく言おうが、
1回負けたヤツじゃないかぎり、
わびはわからない。
だから、どんなに立派な人が何を言おうと、
「あんた、1回負けたことあるの?」
っていうことが大事なんです。
負けたことがなければ、わびれないですよ。 |
糸井 |
その「負けの経験」は、
十文字さんにとっては病気と療養ですね。 |
十文字 |
そうだね。
ぼくは病気もそうだし、さまざまな
「負けたやつの感覚」っていうのがありまして。
「負けた時の感じ」は強烈に持っていて……。
だから、わびにシンパシーを感じる。
負けたヤツが美しくなるためには、
「白」ですよ。
「1回きれいになる」っていう。
わびのベースは白だと
どこかで感じていたからこそ、
この表紙が出てきて、拍手でした。 |
糸井 |
この白い装丁をめくって出てくるのが
ああいう写真の数々ってところが、
この本の性格を表してますよねぇ。
……いま、十文字さんは何歳になったんですか? |
十文字 |
もう、55歳になった。
そこまで、来ているからね。 |
糸井 |
俺も変わらないんだけど、うしろが短いんだよね。 |
十文字 |
うん。
あともう1回は何かをやりたいんで、
なにかベースを作ってやっていくための、
いまは、その準備です。 |
糸井 |
なるほどね。 |