- ──
- 最後に、昨年ご出演された韓国映画
『哭声/コクソン』について、
お話をうかがってもよろしいですか。
何だか、いろいろと忘れられなくて。
- 國村
- とんでもない映画ですもんね(笑)。
- ──
- 大ヒットしたそうですね、本国では。
- 國村
- 700万人が観たらしいです。
- ──
- 人口5100万人くらいの国で、700万人!
それ、述べ人数としても‥‥。
- 國村
- すごいことですよねえ。
- ──
- 國村さんご自身も、
この映画で、賞を受賞されてますね。
青龍映画賞という、
韓国最大の映画祭で、しかも2つも。
- 國村
- ようくれはったなと思います(笑)。
- ──
- 何でも、撮影のときに、
ずいぶん「ひどい目」に遭ったとか。
- 國村
- ナ・ホンジン監督ね。地獄でしたね。
役者に鬼のような注文を出すんです。
- ──
- 鬼のような。
- 國村
- ほんとに。
- ──
- 映画の中の國村さんは、
悪魔というか、怪物というか‥‥
ふんどし一丁の素っ裸で、
険しい山の中をうろつきまわり、
鹿肉を生で食いちぎったり‥‥。
- 國村
- ええ。
- ──
- 一見して
悪魔か怪物かという姿の國村さんに、
「鬼のような注文」を。
- 國村
- 人を生身の人間と思ってないやろう、
というね。そんな監督でした。
アスファルトの上に、
ぼくが死体となって転がってる場面、
ありましたでしょう。
- ──
- ええ、雨の中で。
- 國村
- 実際は雨なんか降ってなかったんで、
あれは、給水車から、
バッサバッサと、降らしてるんです。
で、坂道やったから、耳や口に、
ガバガバ水が入ってくるんですけど、
ものの1分くらいのシーンを、
転がされたまんまで、
もう何テイクも撮ろうとするんです。
- ──
- わー‥‥。
- 國村
- 真冬ですよ。真冬の韓国。極寒ですよ。
冷え切って震えが止まらずにいたら、
「死体が震えてどうすんねん!」と。
- ──
- えっ。
- 國村
- さすがに「ムカー!」っときて、
「このテイクでおしまいね!」って、
自分でOKを出したくらいです。
- ──
- こう言っては何ですが、國村さん、
その場面、そんなにくっきりと
映っていなかったような気も‥‥。
- 國村
- そう、ぼくじゃなくたっていいし、
なんやったら人形でもいいくらい。
それでも転がっといてくれと言う。
- ──
- 裸で、すごい滝に打たれたりとかも、
されてましたよね。
- 國村
- あれについては過酷すぎるので、
「2テイク以内で」と、
あらかじめ、断っておきました。
- ──
- 最初にクギを刺しておいたと(笑)。
- 國村
- でも、その現場‥‥その滝まで行くのに、
険しい山をえんえんよじ登るという。
その部分は、台本に書いてないんですよ。
当たり前ですけど。
- ──
- ええ(笑)。
- 國村
- その他、撮影していた岩山の急斜面を
人力でクレーン持って登らせて、
スタッフさんが何人か骨折したりとか。
無茶なことばっかりするもんだから、
ナ・ホンジンって、
これまで映画3作しか撮ってないのに、
「組」を固定できないんです。
- ──
- スタッフさんが「もうイヤ!」と。
- 國村
- デビュー作から
ずっといっしょにやっているのは、
衣装さんと美術さんだけで、
他のスタッフは、
役者も含めて、みんな1作で終了。
- ──
- ある意味、毎回フレッシュな(笑)。
- 國村
- 韓国の撮影現場では、
監督は絶対的な存在らしいんですが、
それでも、他の監督からは
「ナ・ホンジンを、
スタンダードだと思わないでくれ」
と言われました。
- ──
- でも、そんな撮影をしているすごみが、
じっとりにじみ出るような、
ちょっと‥‥
記憶にこびりつくような映画でした。
- 國村
- あれは、ナ・ホンジンという
稀有な才能が撮った、おそろしい映画。
人間としてはね、今も言ったように、
かなり偏向してるけど(笑)、
できあがった作品は、すごいものです。
- ──
- ネタバレしないように話しますけど、
最後まで、いろいろハッキリせず、
スッキリした結論も出ないまま‥‥。
- 國村
- ピリオドが打たれる物語ではなくて、
エンドレスの世界、ですよね。
- ──
- 不可解な人殺しの現場を見せられて、
ぼくたち観客は、
何が起きてるのか、何が真実なのか、
どの人の言葉が正しいのか、
いったい誰が本当に信用できるのか、
一切わからないまま、最後まで。
- 國村
- ええ。
- ──
- 國村さんの演じた役柄についても、
神なのか、悪魔なのか、
救世主なのか、
それとも災いをもたらす者なのか。
ああいう役を演じる場合、
自分の中では「どっち」と決めて、
演技するんでしょうか。
- 國村
- あの作品では、決めずに演じました。
神なのか悪魔なのか、
観客の目にはどう写っているのかを
コントロールしているのは、
最終的には監督のナ・ホンジンです。
- ──
- 混乱します。で、その混乱が解けず、
いまだに気になっています‥‥。
- 國村
- 最後、ぼくが洞窟にいるシーン‥‥、
ありましたでしょう。
- ──
- 最高に怖かったです。
- 國村
- あれ‥‥どう思いました?
- ──
- どう、と言うと。
- 國村
- あのシーンを撮る前に、ナ・ホンジン、
「どっちでやる?」って‥‥ぼくに。
- ──
- どっち?
- 國村
- 「ジーザスでやる?
それとも、デビルでやる?」って、
聞いてきたんですよ。
- ──
- え、決まってなかったんですか?
- 國村
- 監督の中では決まってますよ、当然。
でも、演じる役者の心の問題として
「どっちでやるのか?」と。
- ──
- はー‥‥。
- 國村
- 神でも悪魔でもどっちでもいいんだけど、
あんたの腹は、どっちに置くんだと。
どっちのつもりで演じるんだ‥‥と。
- ──
- で、國村さんは、何と?
- 國村
- どっちのほうがおもしろいか、
少し考えたんですが、
「ジーザスのまねをして遊んでいる、
いたずら好きなデビルでやる」
と言って、そんなふうに演じました。
- ──
- 見た目は、完全に悪魔でしたが‥‥。
- 國村
- いやあ、でもね。
- ──
- ええ。
- 國村
- それが思い込みにすぎなかったら?
- ──
- 思い込み?
- 國村
- ようするに、
こいつは悪魔だと決めつけていたから、
その思い込みが、
ぼくを悪魔に見せたのかもしれない。
- ──
- ‥‥‥‥わあ。
- 國村
- ぼくのことを神だと思っていた人は、
あの同じ洞窟の中のぼくを観て、
神とか救世主に見えたかもしれない。
- ──
- あの異形の國村さんを‥‥神と?
- 國村
- それが、ナ・ホンジンのメッセージの、
本質に近い部分かもしれませんよ。
人間の心理というものは、
状態によっては
神をも悪魔に見せることがあるし、
その逆も、また然り‥‥。
- ──
- つまり、ぼくの「疑心暗鬼」が、
國村さんを「悪魔」に見せた!?
- 國村
- さあ‥‥どうなんでしょうねえ(笑)。
<終わります>
2018-09-12-WED
写真:大森克己