- ──
- 村上さんが影響を受けた俳優さんは、
どなたですか?
- 村上
- あの‥‥僕、いわゆる「名画座」に
ひまを見つけて行くんですけど、
昔の邦画を見てると、
セリフがわかんないことないですか。
- ──
- あー、あります。
たとえば『七人の侍』でも、
今ちょっとわかんなかったって部分、
けっこうあった気がします。
- 村上
- 時代的に、録音が不明瞭なケースも
当然あると思いますけど、
役者が「噛んでる」ようなところも、
けっこう、あるんです。
- ──
- はい。
- 村上
- だから僕も、少し前までは、
セリフを噛まないよう噛まないよう、
明瞭に発音できるよう、
ものすごく気にしてたんですけどね。
- ──
- ええ。
- 村上
- あるときに、
柄本明さんが、おっしゃったんです。
噛むと噛まないとか、そんな次元で
映画なんかやってねぇだろうって。
- ──
- ああ、それは「次元として低い」と。
- 村上
- その言葉で、一気に肩の力が抜けたし、
自分のセリフについて、
逆に、気を配るようにもなりましたね。
- ──
- 開き直るんじゃなく。
- 村上
- ようするに、
セリフの滑舌なんかどうでもいいって
ことじゃなくて、
「本質は何か」ってことなんですよね。
柄本さんが、おっしゃりたいことって。
- ──
- そうですね。
- 村上
- 柄本さんは常に「本質」で来るんです。
ある映画で、
柄本さんとマン・ツー・マンの芝居が
あったんです。
- ──
- ええ。
- 村上
- 僕が、柄本さんに、
取ってきた情報を報告するっていう、
そういうシーンでした。
テストでは、問題なくできたんです。
- ──
- はい。
- 村上
- いざ本番‥‥カチンコが鳴るまでの
ほんの一瞬で、
柄本さんがクッと「入った」んです。
- ──
- 役に。
- 村上
- そのときのイメージを言うと、
仮に僕が木刀を構えているとしたら、
柄本さんは「手ぶら」でした。
でも‥‥打ち込めなかったんです。
- ──
- セリフが、出てこなかった?
- 村上
- そうなんです。隙がないというか‥‥
気圧されたようになってしまって。
- ──
- 手ぶらの柄本さんに。
- 村上
- で、
「すいません、打ち込めませんでした」
って謝ったら、
「どっからでも、かかってらっしゃい」
って。
- ──
- おお(笑)。
- 村上
- その時点でぶった斬られてるんですよ。
あるいは、まだ僕が20代だったころに
佐藤浩市さんからは
「最終的には勝ちか負けかなんだ」と
教わったことがあります。
- ──
- 勝ち負け。‥‥どういう意味ですか。
- 村上
- たとえば、今日のこのインタビューも、
インタビューする側とされる側との、
最終的には「勝ち負け」だと思います。
だって、テキストが上がってみて、
ぜんぜんおもしろくなかったら、
それは「負け」ですよね。たぶん、お互いに。
- ──
- ええ。‥‥怖いことですが(笑)。
- 村上
- でも、すごく勉強して挑んでいって、
話が弾んで、いい発見もあって、
相手もよろこんでくれて、
できあがった原稿もおもしろかった。
そしたら密かにガッツポーズでしょ。
相手だって嬉しいだろうし、
その場合は「勝った」わけです。
- ──
- なるほど、わかります。
その実感なら、たしかに、あります。
- 村上
- まだ、若いころには
その感覚が、わかんなかったんです。
自分より実力もキャリアもある人に
勝てるわけないだろうって。
でも、24歳のときに、
今みたいなことを浩市さんに言われて。
「最終的には、勝ち負けなんだ」
「役者は、役者との間の勝ち負けだ。
キャリアなんか関係ない」って。
- ──
- なるほど。
- 村上
- 人気だとか、知名度だとか、収入だとか、
そういうものは関係なくて、
「役者というのは、
役者と役者の間の勝ち負けがすべてで、
その勝負は、
役者と役者が向き合ったときに決する」
みたいなことを。
- ──
- 柄本さんとの芝居のときみたいに。
- 村上
- そう、あのとき僕は、完敗したわけです。
だって打ち込めなかったんだから。
- ──
- 柄本明さんと佐藤浩市さん、
おふたりに共通するものってありますか。
- 村上
- 怖さ、でしょうね。
- ──
- おふたりともに。
- 村上
- はい。
- ──
- 具体的には、どういう怖さですか。
- 村上
- 威圧感とかでは、ないです。
つまり‥‥あの域まで到達しているのに、
ぜんぜん諦めないんです。
ネバーギブアップもいいとこっていうか、
え、まだ行くんですか‥‥という。
- ──
- 俳優としての追求をやめない?
- 村上
- 演技、演出、現場のつくり方、
人間としての魅力、すべてにおいてです。
そういう人の存在感の‥‥濃密さ?
なにより単純に、人としてのかっこよさ。
- ──
- なるほど。
- 村上
- おふたりは、特別「本質」で来るんです。
ものの本質で、考えてらっしゃる。
主観で来る人は、別に怖くないんですよ。
それは、極論すれば「好み」だから。
- ──
- そうですね。
- 村上
- 本質で来る人は、怖いです。
このホンは、このセリフは、
「いったい何を求めているのか?」
について考えて、自分なりの答えを出して
口に出した瞬間に
「ちがうよ」って指摘されそうで‥‥。
- ──
- わあ(笑)。
- 村上
- 「ちがうよ。答えは、そこにはないよ。
見逃してるんだよ、こっちを」
って、いっしょに芝居をしていると、
すっかり
見抜かれていそうな気になるんです。
‥‥どうです、怖いでしょう?(笑)
<つづきます>
2018-08-24-FRI
写真:富永よしえ