- ──
- 以前、柄本明さんにお話をうかがったとき、
同世代の俳優さんでは、
西田敏行さんが図抜けた存在だった‥‥と、
おっしゃっていたんです。
- 村上
- ああ、そうですか。
- ──
- 村上さんにも、そういう同世代の俳優って、
いらっしゃるんでしょうか。
- 村上
- 浅野くん。
- ──
- 浅野忠信さん。
- 村上
- はい。うっわ、こりゃ無理だわって。
- ──
- 無理というのは?
- 村上
- こんな人には敵わないと思いました。
この人と同じ方向を目指していたら、
絶対に勝ち目はないな‥‥と。
- ──
- たしか同い年でしたよね。
- 村上
- そうです。
浅野くんと同い年でよかったと思います。
だって、あの人の後輩とかだった日には、
良くも悪くも影響を‥‥
もっといえば呪縛をモロに受けてるはず。
- ──
- 呪縛?
- 村上
- そう、ナチュラルの呪縛。
誤解をおそれずに言いますけど、
浅野くんって、
ボソボソボソってセリフ言って、
画面にぼーっと突っ立って、
それが「ナチュラルな芝居」だって
評されてるじゃないですか。
- ──
- ええ。トマトジュースのCMで
ただゴクゴク飲んでるだけ‥‥なのに、
なぜだか印象に残っていますし。
- 村上
- あれ、浅野くんが出てきたとき、
多くの人が、浅野くんの
「ナチュラルな芝居」におどろいて、
自分も
「ナチュラルな芝居」をやりたくて、
そんなのできなくて、
妙に、不自然な芝居になっちゃって。
- ──
- なるほど‥‥。
- 村上
- 1990年代のころは、
ナチュラルの道は大混雑してました。
浅野くんのおかげで。
でも、本当の意味で、
なんでもない芝居ができる役者って、
浅野くん以外に浮かびます?
- ──
- 村上さん出演の『ナヴィの恋』とか、
自然な感じがしますけど。
- 村上
- たしかに、あの作品には
役者じゃない人もたくさん出ていて、
風が吹いたら空を見上げてハイOK、
みたいな感じでしたけど、
浅野くんのようななんでもなさって、
ちょっと特別だと思います。
- ──
- そうですか。
- 村上
- っていうか、できないですよ。
僕は、さっきも言いましたけど、
監督や脚本の思う通りに映るように、
ある意味で、
自分というものをつくりこんでいく、
そういうタイプだと思うので。
- ──
- なるほど。
- 村上
- 僕が「自然のまま」じゃ、無理です。
気がちっちゃくてネクラだし。
- ──
- 浅野さんって、そういう演技を、
意識せずにやれる人なんでしょうか。
- 村上
- 観る側は無意識に感じ取っていると
思うんですけど、
浅野忠信という役者は、
ただ佇んでいるように見せる演技で、
実際「ただ佇む」ことができる。
つまり「ただ、突っ立ってるだけ」
ができるんです。
- ──
- ははー‥‥はい。
- 村上
- というのは、もちろん、言葉の綾で。
そう見せているだけで、
浅野くんは、ただ立ってないです。
突っ立っているだけのように見えて、
「常に動いてる」人だと思う。
- ──
- 動いている‥‥考えている?
- 村上
- ナチュラルということについては、
すごく「意識」していると思いますね。
僕たち俳優に限らず、人間って、
カメラの前に「ただ立つ」なんてのは
まず不可能だと思うんです。
まあ、誰もできないです、そんなこと。
- ──
- 何か考えちゃうってことですか。
- 村上
- たとえば、スマホをこっち向けられて、
「ムービーです」と言われたら、
絶対に、何かしら動いちゃうでしょう。
なんかちょこまかしちゃうっていうか。
- ──
- ああ、なるほど。
無意味にピースしてみたりとか‥‥。
- 村上
- 別にじっとしてりゃよくないですか。
ムービーだろうが、なんだろうが。
- ──
- 言われてみれば。
- 村上
- でも「ムービーだ」と意識した瞬間に、
動かなきゃならない気になる。
ムダなことを、やってしまうんですよ。
- ──
- それを浅野さんは、やらずにいられる。
堪え性のある方、なんでしょうか‥‥。
- 村上
- たぶんね、浅野くんって、
「ものすごく高速で回転してるコマ」
みたいな人なんだと思う。
- ──
- ああ。おお。
- 村上
- 高速で回ってるから止まって見える。
そういう「すごいコマ」みたいな人。
- ──
- その浅野さん評、
きっと、的を射てるんでしょうけど、
それ以上におもしろいです(笑)。
- 村上
- 以前、浅野くんが、
ミュージシャンのPVを監督するって
聞きつけたんです。
で、端っこのほうの役でいいからって、
本人に頼み込んで、
出してもらったことがあったんですね。
- ──
- ええ。
- 村上
- 撮影の現場で、浅野監督が、
どんな演出をするのか、見てみたくて。
- ──
- あ、その興味で。
- 村上
- 映像って、中途半端な俳優が撮ったら、
中途半端なものになるじゃないですか。
だから、浅野忠信という俳優の監督が、
どんな映像を、
どんなふうに撮るのか見てみたかった。
- ──
- そしたら?
- 村上
- 主人公が壁を蹴とばすようなシーンを
演出するのにしても、
浅野監督には、言葉が溢れていました。
- ──
- 言葉が。溢れて?
- 村上
- そう、具体的な言葉が、溢れてた。
たとえば、そうですね、
「昨日、街ですれ違った若い男が、
今朝になって
すげぇ気に食わないと思えてきた、
そういう感じで蹴ってくれ」
とか。
- ──
- へえー‥‥。
- 村上
- 僕は、そんな浅野くんの姿を見て、
この人、
ただ突っ立っているだけに見えて、
やっぱりぐるんぐるん回ってる、
いろいろと考えてるんだなあって。
- ──
- 頭と心の中が、つねに。
- 村上
- 僕は、自分に価値観を与えてくれたり、
知識を授けてくれる人よりも、
佐藤浩市さんや柄本明さんみたいに、
価値観をぶっ壊してくれた人のほうに、
惹かれてしまうんです。
浅野くんは、その一人だと思ってます。
<つづきます>
2018-08-25-SAT
写真:富永よしえ