第4回 「小西さん、どうぞ泣いてください」
永田 お話をうかがっていると2年前のことが
どんどんよみがえってくるんですけど、
思えば、あの日、男子体操の決勝は、
最初の床で出遅れるんですよね。
刈屋 はい。床が終わった時点で
日本は8チーム中7位でした。
永田 あの、ぼくは、あの日、
最初の床が終わった時点で、
刈屋さんの実況と小西さん
(※小西裕之さん:
 ソウルオリンピック体操男子銅メダリスト。
 当日は刈屋さんの横で解説を務める)
の解説がなければ
最後まで中継を観てないと思うんです。
というのは、体操に関する知識が
まったくないわけですから、
勝てるかどうか、わからないんです。
深夜にテレビを観はじめて、床が終わって7位。
ぜんぶの競技が終わるころには
朝になるっていうことはわかってる。
でも、観ているこれが
金メダルになる可能性があるなんて
まったくわかってないですから。
だとしたら、まあ、
つぎの日も仕事がありますし、
ニュースで結果だけたしかめればいいかな、
って思うような状況だったと思うんですよね。
刈屋 そうやってほとんどの人が
観のがして、後悔してましたね(笑)。
永田 うん、終わったあとは、ほんっとに
観てよかったなあと思ったんですけど(笑)。
でも、最初の床が終わった時点で、
「これはニッポンが
 いちばん不得意な種目であって
 このスタートは上出来とも言える。
 最初っていうのは、
 とんでもない緊張感がかかるから
 それを乗り越えたんだ」
っていうことを
刈屋さんがどんどん説明してくださって、
その連続でつぎの種目まで観ることができた
っていうのがあるんです。
だからやっぱり実況っていうのは、
その場を詳しく伝えるだけじゃ
ないんだなと思って。
刈屋 そうですね。
とくに採点競技の場合は
どういう状態なのかっていうことを
説明するサービスと
ひとつひとつの局面が変わっていくときの
価値判断ですよね。
「これは7位だけども、
 7位は上出来なんだよ」
という判断をどれだけきちんと伝えられるか。
「うわ、7位で出遅れちゃいましたよ」
ということで終わっちゃうんじゃなくて、
やっぱり7位という順位のなかで
情報と価値判断のサービスを
つねに出していかないといけないんですよね。
それを的確にやらないと
まったく違った放送になると思うんです。
永田 そしてそこから、
刈屋さんと小西さんの言葉を裏づけるように
日本が追い上げていくわけですけど、
展開としても、ものすごく名勝負というか。
刈屋 そうですね。
たぶんオリンピックの体操のなかでは
最高の勝負のひとつだと思います。
永田 鉄棒の最後の最後、
冨田選手がコールマンを取ったあとは
解説の小西さんが
しゃべれなくなってましたよね。
刈屋 はい、もう泣き始めてました。
着地が終わったあと、
横を見たら小西さんがボロボロ泣いてるんです。
永田 そこで刈屋さんが思わずおっしゃったのが
「小西さん、どうぞ泣いてください」
刈屋 はい(笑)。
永田 ぼくは、刈屋さんの名ゼリフっていうと
「栄光への架け橋」よりも
あの「泣いてください」のほうが
印象が強いんです。
あれは、ほんとうに、感動しました。
刈屋 あのときは、小西さんが
もうしゃべれない状態だったんです。
でも、泣くのをこらえて
解説者としてしゃべろうとしている。
でも、視聴者の人には、
泣いていることはわかりませんから、
「なんでこんなに
 オロオロした声なんだろう?」
って不安に思われますよね。
それで、こういう状態なんだっていうことを
なんとか説明しようと思ったんですよ。
「小西さんは泣いてるんです」ということと、
「それでもしゃべろうとしている」
ということを伝えたくて、ああ言ったんです。
永田 あーー、それで
「小西さん、どうぞ泣いてください」
そういう思いが込められていたんですね。
刈屋 小西さんにとっては
われわれとはまったく違った思いが
こみ上げてきたと思うんですよね。
やっぱり小西さんは
体操日本の強い時代にあこがれて、
でも自分がトップ選手になったときには
もう日本は王座から転落していて
行っても行っても勝てないという状態で。
勝てない勝てない、
体操ニッポンはもう終わりだ、というような
罵声を浴びながら現場に戻ってきていて。
そんななかで、同じ年代の
オリンピックに行けなかった人たちが
「じゃあ日本の体操はどうしたら勝てるか?」
というのを追い求めていって、
全国でジュニアを育成しはじめた。
小西さんもそれを手伝いながら
その苦労を全部見てきてると。
そういう思いがあったんで、
たぶんふつうの人とはまったく違ったんでしょう。
小西さんの世代は、もしかすると
日本が金メダルを取る瞬間は
自分が生きているあいだにもう二度と
見られないかもしれないと思いながら
苦労してきた世代ですからね。
それがああいうふうな劇的なかたちで
金メダルをとったわけですから。
永田 そうですね。そして、刈屋さんは、
いまおっしゃった体操ニッポンの復活の経緯も
中継のときに説明なさってますよね。
刈屋 はい、してました。
永田 正直言って、ぼくと体操の結びつきは
あの数時間だけなんです。
体操の情報を集めたりしないですし、
オリンピック以外では
体操のテレビ中継をわざわざ探して
見るようなこともないですから。
そんななかで、いまおっしゃられたことが
ぜんぶ説明されていたということに
あらためて、驚きました。
やっぱりあの3時間のあいだに、
体操ニッポンの復活劇、
あるいは小西さんが泣いている意味
というところまで
刈屋さんが掘り下げて
説明されたからだと思うんですよね。

2006-06-08-THU

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN