- ──
- 河北秀也さんにお願いする前は、
三和酒類さんでは、
まったく
広告を打っていなかったと聞いたのですが、
どういう経緯で
外部のアートディレクターの河北さんに
白羽の矢が立ったのでしょうか。
- 西
- それはもう「たまたま」ですが、
うちの会社に、
河北さんのお姉さんが勤めていたんです。
たしか「いいちこ」を開発してから数年後、
まったく地方のいち焼酎ですが、
これをなんとか売り出したいと考えまして、
河北さんを頼って東京に行ったんです。
- ──
- 西さんが?
- 西
- はい、そうです。
「うちの焼酎を、東京でも売る方法を
考えてくれませんか」と。
- ──
- ええ。
- 西
- 当時、河北さんは、
営団地下鉄のマナーポスターのシリーズで、
すでに有名なアートディレクターでした。
まぁ、河北さんとしては、
じつに「困った依頼」だったらしいんです。
当時、私は、
そのことににまったく気付きませんでした。
- ──
- どうして、困った依頼なんですか?
- 西
- お酒の広告をやるのはいいけれど、
大分から、
なんとも知れん小さな会社が頼みに来た。
河北さんがこれを受けてしまえば、
将来的に、もし、
他の大手酒類メーカーから依頼されても、
断らなければならない、と。
- ──
- ああ、なるほど。
- 西
- どうしたものかと思ったらしいんですが、
最終的には、
「お姉さんが世話になってるんなら、
しょうがないか」
ということで引き受けてくださいました。
- ──
- ええ、ええ。
- 西
- これは、あとになって知ったことですが、
河北さんは、はじめからその思いで、
1業種1社、1業態1社しか仕事はしないと
決めていたそうです。
だから、アルコール業界については、
三和酒類を引き受けたら、
他の会社の仕事は一切やらないんだと、
あとから、
そう河北さんから聞いたとき、
ああ、申しわけなかったなあと思いました。
- ──
- でも、お願いした当初は、
そんなこと知らなかったわけですよね。
- 西
- ええ。当時うちの会社の商売の規模は、
たったの「3億」だったんです。
そんな、ちっちゃな会社が‥‥ですよ。
- ──
- ちなみに、今はどれくらいですか?
- 西
- おかげさまで、おおよそ500億くらいです。
- ──
- はぁ、すごい。
- 西
- いや、それでも
キリン、アサヒ、サッポロ、サントリー、
そういった会社とくらべたら、
もう本当に、豆粒ほどの会社ですけどね。
- ──
- でも、そうやって河北さんとご縁を得て。
- 西
- 河北さんという人は、
話すことに、とても説得力のある人です。
最初にお会いしたときにも
「西さん、あなたがたクライアントと
われわれデザイナーの関係はイコールだと、
まったく対等であると、
そのことをまず約束してほしい」と。
- ──
- たしかにそうなのかもしれないですが、
なかなか、
面と向かっては言えない言葉ですよね。
- 西
- さらに
「三和酒類には
宣伝部をつくってはいけません」と。
- ──
- なぜですか?
- 西
- 宣伝部があれば、
できあがったポスターを見た宣伝部長が
「ボトルが小さい」と言い出すでしょうから。
- ──
- 小さい、というのはつまり、
ポスターに写っている「いいちこ」のビンが
小さい、と(笑)。
- 西
- そういうことを言いはじめたら、キリがない。
部長の次は社長が来て
「ロゴを大きくしろ」と言うかもしれないし、
次々いろんな部署の人が来て、
その人の立場から、
どんどん意見を言いはじめる可能性があると。
- ──
- はい。
- 西
- そうすると、
なんともダメなポスターになっちゃう‥‥と、
こう、説明してくれるわけです。
- ──
- その展開は、
たしかに、よくある話のような気がします。
- 西
- だから最初に「約束ですよ」と。
で、「ポスター1枚」からはじめたんです。
- ──
- ポスター1枚。
- 西
- なぜかと言うと、
これも河北さんからの提案だったんですが、
ポスター1枚なら、
この規模の会社でもなんとかなるだろうと。
なにせ3億しか売っていない会社ですから、
予算がないわけです。
テレビCMなんて何千万とかかってしまうし、
お金はないけど宣伝したい、
ということで「ポスター1枚」なんですね。
- ──
- 最初のポスターはどんな感じだったんですか?
- 西
- これですね。
- ──
- あ、ロケじゃないんですね。
- 西
- スタジオです。
この写真に写っている品物は、
どれも河北さんが集めてきたものですが、
たいへん高価なんだそうです。
でも、私たちは、
そういうセンスを持ち合わせていませんし、
「これは何万円もするグラスだよ」
と言われても、何もわからない状態で。
- ──
- 本当に「全部、河北さん」なんですね。
はじめの約束どおり。
- 西
- そうです。さらに、河北さんが言うには、
「広告に載せるストーリーは、
絶対に本当じゃなければならない」と。
- ──
- 嘘をついてはいけない?
- 西
- 次の年、つまり1985年のポスターには
「下町のなんとか、という酒。」
という言葉が入っているんですが‥‥。
- ──
- ええ。
- 西
- これも、河北さんが、
北海道でたまたま聞いた言葉だったんです。
富良野のホテルのバーで、
隣のお客さんがこんなことを言っていたと。
- ──
- それがそのまま、広告の文章になってる。
- 西
- そう、「すべて真実じゃないといけない」
という河北さんの方針ですからね。
釣りをしているポスターがあるんですが、
モデルは、うちの社員なんですよ。
- ──
- あ、そうなんですか。
本格的に扮装されて(笑)。
- 西
- この撮影のとき、河北さんは
「昔風の釣り糸を探してきてくれ」と
スタッフに命じていました。
- ──
- 昔風というと、
つまり、こういう格好してるからには、
現代のナイロン製とかじゃダメだと?
- 西
- 釣り糸、見えてないじゃないですか。
- ──
- ‥‥ですね(笑)。
- 西
- でも、ダメなんですよ。昔風じゃないと。
そこは「真実」でなければダメなんです。
- 小田
- 日本が不景気になって、
広告にお金をかけない会社が増える中で、
「いいちこ」のシリーズは、
ずっと、同じ息遣いで続けていますよね。
でも、きっと
順風満帆でない時期もあったと思います。
対処方法としては、
まず広告費を削る会社も多いですけど、
西さんは、そういうとき、
どういう決断をされていたんでしょうか?
- 西
- それは、これからの問題ですよね。
この30年間、おかげさまで、
私たちの会社は、
ずっと成長してくることができたのですが、
今、少々、足踏み状態となっています。
- ──
- そうなんですね。
- 西
- だけれども、私が感じているのは、
今、ここへ来て、
これまで河北さんと積み重ねてきたイメージに
「厚み」が出てきている、と。
- ──
- このポスター集、
実際、かなりの厚みがありますものね。
- 西
- そう、河北さんと仕事をはじめたとき、
彼が言ったのは、
「イメージには厚みが必要なんだ」
ということなんです。
ようするに
「いいイメージを積み重ねていって、
厚みを出していかないとダメだ」と。
- ──
- ブランドというのは。なるほど。
- 西
- 具体的には、
ポスターを‥‥これまで400枚つくりました。
いいちこのポスター、
400枚を積み重ねた「厚み」が、
私どもの会社の力になっていると思うんです。
- ──
- つまり「力」として「必要なもの」だと。
削減の対象、というよりも。
- 西
- 当初は
予算がなかったということもありますが、
他方で、
「テレビCMなどで
パッと消えてしまうデジタルイメージ」
には、具体的な厚みがないですよね。
「だから西さん、ポスターなんだよ。
ポスター何百枚の、
そのイメージの厚みが大事なんだ」と、
河北さんから諭されたんです。
- ──
- それが今後も、
きっとポスターをやめないであろう理由、
ということですね。
- 西
- 継続は力なり、ということですね。
- ──
- 三和酒類の経営トップがおっしゃると、
すごく説得力があります。
あの「いいちこ」のポスターを、
実際に、ずっと継続してきた会社ですから。
- 西
- 我が社の基本理念として
「ひとつ、品質第一」「ひとつ、安全運転」
と掲げているわけですが、
あるとき、河北さんに
「西さん、品質第一とは何ですか?」
と聞かれたことがありました。
- ──
- はい。
- 西
- 私は
「まず、素材にこだわること。
そして、
素材の良さを引き出す技術にこだわること。
それが、品質第一です」
と答えたら、
河北さんが「もうひとつありますよ」って
おっしゃるんです。
「それは、『イメージ』なんです」と。
- ──
- どういう意味なんでしょう。
- 西
- ようするに「品質第一」を掲げて、
どんなに素晴らしい商品をつくっていても、
イメージが壊れてしまったら、
次の日からは、
まったく売れない商品になってしまいます。
老舗の食品メーカーでも、
何か正しくないことをして叩かれたら、
突然、店頭から消えてしまいます。
- ──
- 「第一」にすべき「品質」には
「イメージ」も含まれる、ということですね。
ちなみに、
三和酒類さんの「大事にしてること」を、
改めて、おうかがいできますか。
- 西
- お酒造りについて言えば、
とにかく「おいしいものをつくる」という、
その一点ですね。
アルコール飲料としての立場をわきまえながら、
ずっと、おいしいものをつづけることです。
- ──
- なるほど。
- 西
- 「今日も飲みたいし、
明日も飲みたい、明後日も飲みたい」
というイメージを
つくり続けてくれる河北さんのポスターに
負けないように、
という気持ちでお酒を作っています。
- ──
- つまり、車の両輪のような関係ですか。
- 西
- 河北さんは、ポスターでイメージをつくる。
私たちの役目は、おいしい焼酎を造る。
お酒だけでも、イメージだけでも、
どっちかが「大きな輪」では、ダメですね。
バランスのよい両輪が必要なんです。
<つづきます>
2015-11-17-TUE