NewsPicks + COMPOUND + ほぼ日 合同企画「経営にとってデザインとは何か」
里山十帖篇
デザインだけでは潰れるし、
数字ばかりは、つまらない。
後編
二度の経営危機から学ぶ。

デザイナー出身の雑誌編集長で、旅館経営者。

新潟県南魚沼に軸足を置きつつ、
デザイン・編集・経営という3つの領域を
自由に行き来している印象の
岩佐十良(とおる)さんに、
引き続き、
NewsPicksの佐々木紀彦編集長が聞きます。

まずは、一般的に、
クリエイターと呼ばれる人たちが「弱そう」な、
「数字のこと」について。

佐々木
傾向的に、デザイナーとか編集者って、
私もなんですけど、
数字が好きじゃないと言いますか、
数字に弱いという人が多いと思うんです。
だからこそ、岩佐さんのように、
編集やデザインと数字との間を
行き来できる人が、
いま、いちばん貴重だと感じるんですが、
岩佐さんは、
そのあたり、どう鍛えられたんですか?
岩佐
ムサビ(武蔵野美術大学)を出て、
編集の会社をはじめて5年くらいかな、
最初の経営危機がやってきました。
武蔵美生ですから、
ご多分に漏れず「超ドンブリ」でした。
佐々木
そうなんですか(笑)。
岩佐
事業計画の「じの字」もない‥‥いや、
そんなものですらなくて、
領収書の束を税理士さんにお渡しして、
よろしくお願いしますみたいな。
──
数字に強いとは、正反対な。
岩佐
さらに、大きな仕事がいくつか
ドーンとなくなったりした時期なのに、
調子に乗って、
ギャラリーをつくっちゃったりして。
小田
いい話ですね(笑)。
岩佐
つまり、採算なんて考えてないんです。
それまでにくらべて、
家賃も4倍くらいになっていましたし、
仕事も減ったりで、
簡単に言うと経営が厳しくなったんです。
そのとき、これはマズイ、
何がいけなかったんだろうと焦って、
経営の本を読んだら、
数字のわからないやつは社長じゃない、
と書いてありまして(笑)。
──
なるほど(笑)。では、それ以来?
岩佐
そうなんです。
当時「慶應」に猛烈なコンプレックスを
抱いていたんです。
いや、慶應大学出身の人って、
頭が良くて、
数字を追いかけて商売をするってことに
長けてるじゃないですか。
あ、みなさんの中に慶應のご出身は‥‥、
わ、ふたりもいた。どうしよう。
(佐々木紀彦編集長含む)
佐々木
(笑)
岩佐
いや、そんなイメージがあったものですから、
ギャラリーが潰れそうになったとき、
俺は慶應の奴らに負けないようにしようと、
目標にしたんです、当面の。
慶応の奴らに‥‥奴らとか言ってすみません。
佐々木
何とでも言ってください(笑)。
岩佐
ともあれ、そのころから、数字については、
きちんと見るようになったんです。
佐々木
つまり、自らの危機によって、
後天的に学ばれたということですね。
危機が来ても、
諦めずに乗り越えることができたから、
きちんと数字に強くなれた、と。
岩佐
そうですね。
そうじゃないと生きていけなかったです。
佐々木
その経験を他の社員の方に伝えるために、
どうされているんですか?
とにかく
「数字、数字」と徹底されてるんですか。
岩佐
いや、本当に
生産性とか業務効率とかばかり言ってたので、
うちの古い社員なんか、
最近、あんまり言わなくなったねって。
どちらかというと、
岩佐イコール生産性しか言わない、みたいな。
──
いっぺんにそっち側に振れたんですか。
「12部屋」しかなくて、
ひとつひとつの調度品にもこだわっている
里山十帖のイメージからは、
ちょっと、想像できない感じがします。
岩佐
実際、編集プロダクション時代は、
「生産性と業務効率」とばかり言っていました。

そして「デザイン」へ揺り戻す。


とはいえ、
生産性と業務効率という無味乾燥なイメージは、
アルネ・ヤコブセンのエッグチェアや
イサムノグチの照明「AKARI」、
品の良いアンティークのデスクなどがそろう
里山十帖からは、
まったくといっていいほど感じられません。

もちろん、生産性と業務効率を無視しては
成り立ちませんから
そこは、じょうずに「計算」して、
感じさせないようにしているのでしょうか。

このあたりは、
デザイナーである小田さんの問題意識です。


小田
でも、生産性や業務効率、売ってなんぼを
貫き通しているとしたら、
たぶん、今ぼくらが座っているこの椅子も
「リプロダクト」になりますよね。
有名なデザイナーズチェアの。
でも、そうではなくてきちんと正規品だし、
里山十帖を見渡しても、
「生産性や業務効率」は感じません。
どんなきっかけで、
デザインの方向へ揺り戻しが来たんですか?
岩佐
2003年に、2回目の危機がやってきました。
前年の2002年から、インターネットで
お米の販売をはじめたんですが、
お米を売るためには、
ものすごいお金が必要なんです。
ようするに、9月に納品いただくのと同時に、
代金を払わないといけないんです、1年分。
売れるかどうかもわからないのに、全額です。
もしも売れずに1年経ってしまったら、
「古米」となり、売り物にならなくなって、
すべて不良資産になってしまいます。
──
それ、かなり具体的な質量と体積のある
「不良資産」ですね。
岩佐
で、簡単に言うと、そのときぼくらには、
「不良資産」がたくさんできてしまった。
手応えはあったんです。
こういうお米が食べたかったんだ、
ずっとこんなお米を待っていたって声は、
多くいただいていましたから。
でも結果的に、膨大なお米が残ってしまった。
設備投資もかかりましたし、
お米の代金も払ってしまったしで、
急速に資金繰りが悪化してしまったんですね。
小田
なるほど。
岩佐
それで、どうしたかというと、
株式の「第三者割当増資」をしまして、
当時、二部上場だった会社の資本を入れて、
金融面での安定を図ったんです。
佐々木
ええ。
岩佐
ところが、
たしかにファイナンスは安定したんですが、
二部上場の会社の資本を入れるって、
やっぱり、そんなに甘くなかったんですね。
『自遊人』というブランドは
何でしょう、いろいろと使われてしまうし、
四半期ごとに事業計画書を出せ、とか。
佐々木
はい。
岩佐
さらには、中期経営計画みたいなもの。
3年とか5年、ああいうのもつくるんです。
正直、3年先のことなんて、
わかるわけないものを真剣に書いたりして、
膨大な時間を取られてしまった。
ぼくには、そういうことが、
まったく無駄としか思えなかった。
そこで2年後から、
毎月毎月、株式を少しずつ買い戻して、
昨年(2014年)の12月に、
やっと、すべての株式を買い戻せたんです。
小田
そうなんですか。
岩佐
そんな経験から感じたのが、
お金やマーケティング、数字の世界だけで
仕事をしてたら、つまらないということ。
ファイナンスで安定はしたいけれど、
利益率の話だけになったら、
情報誌を何十万部売るかという話と一緒です。
ぼくらは、それが嫌で、
部数を絞って「自遊人」を創刊したんです。
表面的ではない、いいモノやいい情報を、
消費者のみなさんに提供するのが、
やっぱり、ぼくらのやりたいことなので。

地方に住む、ということ。


美大で先生をやっている小田さんによると、
自由課題をやらせると、
「地域、地方の町興し」をやる美大生が、
今、たくさんいるそうです。

今から10年以上前、2004年の時点で
新潟県に移住された岩佐さんは
こうした「トレンド」を
かなり先取りしていたとも言えそうですが、
地方暮らしの「いいところ」、
あるいは逆に「困っているところ」を
お聞きしてみました。


岩佐
単純に「年収」で比較すれば、
東京にいた時代からは、
こっちへ来て、バーンと落ちてますよね。
それは、たしかです。
でも、東京で雑誌編集をしていたときより、
ここにいるほうが「豊か」なんです。
これは、負け惜しみでもなんでもなくて、
そう断言できるんですよ。
──
豊か、というのは、
具体的には、どういう面でですか。
岩佐
食生活的にも、住宅的にも、物質的にも、
精神的なゆとり的にも、あらゆる面で。
いやあ、ほんとにそうなんです。
自分の給料は大幅に下がってるのに(笑)。
まあ、ここへ来て感じたのは、
たいていのことが、
「気の持ちよう」なんじゃないかと。
小田
なるほど(笑)。
岩佐
で、その「気の持ちよう」の変化って、
東京でやっていたことを、
ただ新潟へ移しただけで起こったことです。
たったそれだけのことで、
自分たちの人生観が、大きく変わりました。
お米の場合も「販売」が先だったけど、
ここへ移住してきて、
実際に自分たちでつくりはじめたことで、
里山十帖をやらないかって、
地元の人たちに誘ってもらえたわけですし。
──
逆に、不都合なことってないんですか、
こっちへ来て。
岩佐
採用。
──
ああ、なるほど、人の問題。
それは「これからの課題」というか、
就活をする側の課題でもありますね。
岩佐
実際、採用には苦労してます。
でも、最近は、ぼくらと同じ価値観の人が、
徐々に増えてきてはいます。
数は少ないんですが、それでも、少しずつ。
──
変わってきつつあるんですね。
岩佐
ぼく、楽天さんが仙台に行かなかったことを、
ちょっと残念に思ってるんです。
──
移転先は東京の二子玉川でしたよね。
岩佐
つまり、楽天さんのように、
売上高も大きくて、影響力もある企業が、
球団のある東北の仙台に本拠地を移したら、
どれだけ日本中の人たちが、
地方だって意外といけるんだって思えるか。
小田
ああ、なるほど。
岩佐
うちの場合は
東京から来た人間は4人しか残ってません。
その4人が新潟もいいよって言うけど、
まあ、最大4人しか言わないわけですよね。
でも、大きな企業の社員さんが
「1000人」でもいいから地方へ移って、
その人たちが、
ここだって意外といいんだぜって言ったら?
何かが変わってくると思うんですよね。

経営にとってデザインとは何か。


では最後に、今回の特集のテーマである
「経営にとってデザインとは何か」
について、あらためて、
岩佐さんの思うところをお聞きしました。

岩佐
うーん、難しいですね。
経営にとってデザインとは何か、うん。
難しいですけど、
やっぱり「混ぜる」ってことでしょうね。
デザインだけでも、
経営だけでも、ぼくは、ダメだったし。
──
数字を知らずにギャラリーをつくって
潰れそうになって、
「生産性」や「業務効率」だけになったら、
今度は、つまらなくなって。
岩佐
ぼく、この先10年で10拠点、
里山十帖のような場所をつくりたいんです。
そうするためには、
やはり、投資家からお金をお預りしないと、
不可能なんですね。
自己資金では、到底できませんから。
だから「やりたいこと」に対して、
理解を示してくれる投資家が、
もっともっと、必要だと思っているんです。
小田
なるほど。
岩佐
投資効率、つまり
リターンを何%ほしいかと聞かれたときに、
社会的意義があるなら5%でいい、
という投資家が、もっといていいと思います。
株主へのリターンか、
社会的意義を求めるなら利益は考えないか、
そのどちらかでは、
話が極端すぎると思っていて。
佐々木
たしかに、そうですよね。
岩佐
そういう意味でも「何のために」が大切。
一般的に言われている「デザイン」って、
結局、カタチというか、
プロダクトみたいな話になりがちですが、
そもそも何なのかと考えると、
まず「課題」があり、「目的」があって、
そこまでのプロセスを考えることが、
ぼくは「デザイン」だと思ってるんです。
だから、
何かひとつのプロダクトをつくるのでも、
「売れるから」だけでなく、
「何のためにつくるのか」ということを、
きちんと考えることが重要だと思います。

二度にわたる会社の「経営危機」から、
数字の大切さを学び、
デザインの重要性を再発見した岩佐さん。

雑誌の編集長なのに、
お米を売っているという理由で新潟へ移住し、
実際に田んぼに入り、稲を刈り、
地元とつながって旅館経営まではじめる。

いろいろと勉強になる話を聞きましたが
岩佐さんの経歴自体が
「仕事のしかた」を
「リデザイン」しているように感じました。

ちなみにですが‥‥
このあと、
里山十帖のお食事をいただいたんです。

メニューは、
地元で採れる伝統野菜を中心にした料理。
決して派手ではないのですが
何というか「華やか」で、
実においしく、
たいへん「豊か」な味だと思いました。

何しろ、お米と地酒が美味しかった‥‥。

さっきまで、あたまで咀嚼していた
岩佐さんの言葉が
おなかに「ズドン!」と響いてくる感じでした。

<おわります>

2015-12-08-TUE