Drama
「小林薫『俺はシブイか?!』対談。

【その5・岩松了さんの演出について】

(※生中継ライブのごく一部をお送りしています)


小林 演出家というのは、うさんくさい人種ですよ。
ミニ麻原彰光みたいなものです。
ほとんどみんなに、その要素があります。
「いいね!それ!!」
とか恥ずかしげもなくやるひと、
いるじゃないですか。女優を泣かせたりして。
そうやって人心を操作していく、
ミニ政治家みたいなところがあって、
多少はうさんくさい世界ではあるんだけど・・・。

岩松さんは、そこのセンスに行きたくないひとで、
稽古場で「その手」を絶対に使わないんですよ。
説明も、一切しない。
この登場人物の心理状態は?と尋ねても、
「いや知りません、ぼくは
 その登場人物じゃないから、わかりません」
と、突き放しちゃうんです。
「いいかげんにしろよお前」
と思うまで、役者に
何かをくりかえしてやらせることもあるけど、
それは、ミニ政治家の要素を出さないために、
しみこませるようにやっているんだと思う。
言葉の持っている政治性みたいなものを消して、
ちゃんとひとを見ている。
糸井 ぼくは樋口さんの稽古を見たことはないけど、
あれだけ疲れて帰ってくるなら、
岩松さんの稽古は、すごいんだろうなあと思う。
小林 ぼくなんか、稽古場で彼に
ただ言われたまんまで帰りたくないから、
そのあとで酒を飲みに行くんです。
役者って、怒られたり駄目出しされたほうが
最終的にはいけるとはぼくは思っていますけど、
そのままだと、
「俺は馬鹿なんじゃないか?」
という感じになってしまうから。
糸井 じゃあ、じかに帰ったらへろへろになるんだ!
小林 当たり前ですよ。
今でも、ものすごく抱えてますよ。
岩松さんの言うことって、
ここ(首の後ろを指す)に来るんです。
でも、許してやっているのは、その誠実さだよね。
さっきの、うさんくさい演出家的な手口を、
愚直なまでに使おうとしないから、
その一点だけでも、彼はすごいと思うんです。

映画の場合は、
いいものをひとつ撮ってしまえば、
それで終わりなのですが、
芝居はそうじゃなくて、いつもある。
だから、普段やっておくのは、
「最低限にできることの底上げ」になるんです。
最低の状態になっても、
そこでも何らかのものが流れている、
と示すしか、芝居を見せることはできない。
岩松さんは、そうやって考えているのでしょう。

ぼくはいつも、
岩松さんからは、もらってるんですよね。
主観的に了解したものを演じたいんだけど、
彼に言われたことを、
パッと俺の肉体を通してやってみると、
ニュアンスが違って来る時もあって。
舞台に一人が登場するだけでは、
岩松さんの芝居は成り立たないと思う。
一人いるだけではなくてもう一人加わると、
引力ができるという芝居だと思います。
糸井 関係性だよね。
小林 別れたばかりの二人と、
そのうちの一人とつきあいはじめた一人がいたら、
その三人の間には、緊張感が出てくる。
ひとって、自分で動いているようで、
まわりに動かされますから。

例えば、嫌な先輩が来たら、
嫌だということを見えないように表現する。
それも、既にもう芝居ですよね。
その嫌な先輩に動かされて生まれた芝居です。

岩松さんは、
圧力受けたり見られたりしていることに対して
ひとがどう逃げているか、演技をしているか、
どう反射をしているか・・・
そういう喜劇性を見ていますよね。
糸井 岩松さんの舞台は、
関係だけでできている緊張が、すごい。
「このまま帰すなよなー、
 でもこのままでもいいくらいだ」
って縛られていくんだよなあ。
なかなか発散しない、辛い芝居なんですよね。
小林 役者を発散させようとは、
岩松さんは思っていないんじゃないかな。
「それでも依然として問題は残っていく」
というのが彼の考えかたです。
絵空事を表現したいわけじゃないですから。

岩松さんは、オウム信者としゃべった時に
「簡単に解決するんじゃねえよ」と言ったんです。
紙を持ってきたら解決できるようなことはなくて、
俺たちはそこで七転八倒しているんだ・・・
そういう感覚が、彼の演劇のなかに、残っている。
だから、見終わったあとにも問題が残ることに、
岩松さんは責任を持たない。
「答えはない、ただそういうことなんじゃないの」
というような感じですよね。
糸井 役者側としては、
岩松さんの芝居をやるのに、覚悟が要ると思う。
小林 でも、宗教に入ったのではない大変さだから。
夕食を外で食べたいとなったら、
そこは泳がせてくれるんですよ。

役者から見たらたいへんなんですけど、
やっぱり他には、そんな場所がないんですよ。
そこが、愚直な岩松さんの魅力だと思う。
役者にも、岩松さんの世界に
はまるひとと、そうではないひとがいて、
「たいへん」というのが度を超えちゃうと、
もう嫌、二度と嫌、みたいになったりしますけど。

(つづく)

2000-05-17-WED

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