(6月23日)
●消灯してベッドに入ったからといって、
すぐに寝ないで
いつもしばらくは遊んでいた私達三姉弟。
両親が覗きにきたらサッと寝たふりをしていた。
親「もう寝た人?」
私達「・・・」
親「あれ?寝た人は返事するねんけどなあ」
私達「(元気よく)はーーーい」
親「おお、もうみんな寝たか、かしこいかしこい」
親にからかわれていたということに
かなりの間気がつかなかった私達。
私が親となった今では、
やっぱり自分の子供に同じ事をしてしまう。
そして陰でほくそ笑む。
(りる)
●小学生の頃、「国」とか「園」とか、
周りが囲まれている文字を書くとき、
中にある文字が窮屈そうで、かわいそうで、
かならずスキマをあけて書き、
「これで逃げられる」と安心していました。
(ともこ)
●信号機と友達の方が、
他にもいたのでおどろきました。
わたしは子供の頃、近所の幼稚園の角にある信号機は、
わたしに恋をしているんだと思っていました。
その証拠に、わたしが近づくと
いつもいいタイミングで青になる・・・。
いちいち渡るときに、
「いつも青にしてくれてありがとう」
と心の中で声をかけていました。
たまに赤にぶつかっても、
「他の信号機との関係で、いま青にできないんだよね。
わかってるわかってる。気にしないで」
などと心の中で気を使っていました。
・・・ちょっとうぬぼれが過ぎるかも。
(さんきち)
●息子が小学校の低学年の時、
主人が結婚式に出席するということで
わたしが、最寄の駅まで息子と一緒に送っていきました。
その帰り、息子が一言。
「お父さん、どんな女と結婚するんだろうね」
一瞬、目が点になりました。
(き)
●小学校に上がるまで、一人っ子の私にとって、
世の中で一番怖い場所はトイレでした。
「お母さん、ちゃんとそこにいる?」
という声掛けは必須。
そんな私に、一人のお留守番は何よりも恐怖の時間。
中でも最悪なのは暗くなってからのウンチ。
おしっこならまだ何とか大急ぎで済ませられるのですが、
ウンチばかりはどうもいけない。
そこで、何とか早く両親に帰ってきてもらいたいと、
必死の覚悟で私が取った行動というのが、
窓を開け(真冬でも)
外に向かって大声で叫ぶというもの。
「○○のお母さん。早く帰ってきてくださぁーい。
ウンチがしたいです。
○○団地○丁目の○○○子のお母さ〜ん。
ウ〜ン〜チ〜がしたいで〜す!」
本人としてはもう生きるか死ぬかの瀬戸際なわけで、
脂汗ダラダラの状態で、
泣きながら一生懸命母親を呼んでいるのですが、
近所の人は一体どう思っていたことか。
(クリオネ)
●大学生ですが、僕も読心術者への
弁解みたいなことはいまだにやってたりしますし、
ふりかけの残量は全味均等でなくてはならないとか、
鉛筆に差別をしてはいけないとか
なかなか「あの頃俺はばかだった」とは
割り切れないものがあって、
三つ子の魂だなあと変に感心しました。
デパートで呼び出しのチャイムが鳴ると、
そんなわけないのに、
「俺かも」とまじめに考えたりもします。
(匿名のかた)
●小さな頃、友達に「私ニワトリ飼ってるんだー」と
嘘をつき、その後強い罪悪感を感じて、
画用紙にせっせとニワトリとひよこたちの
絵を描いてはさみで切り取り、
家族に知られたら恥ずかしいので、
机の裏に隠しておいた。友達が家に来たら、
あれを見せるつもりだったのだろうか?
それでも、一連の作業を終えて、
「私嘘はついてないもんね」
と心が晴れ晴れしたのを覚えている。
(八角)
●私もこどもの頃に
「平等にする」のがマイブームになったときがあり、
そのときは、とにかく
「右手と同じように左手も使ってあげる」
ように心がけていました。
箸を持つ手を左に変えたり、
宿題の漢字練習を左手で書いてみたり
(先生には、手を抜いているとしか
思ってもらえずショックでした)
歯磨きを持つ手を左に変えたのもその頃でした。
そして、大人になり、
トランプの繰り方やお札のめくり方が
他人とは違うと気づいたことがきっかけで
「実は本当は左ききなんだ」
ということが判明しました。
そういえば、ズボン履くときは左足からだし・・・。
今では両ききとしてすっかり器用になりました。
でも、基準がないので「右」方向と、「左」方向を
未だに間違えるんです。そんな人はいませんか?
(えいみ)
●幼稚園の頃、母のナプキンを、
何かステキなものと勘違いしていた私。
お出かけの時、持って行くのはもちろん、
しかも「いいでしょ〜」と
まわりに見せびらかしていました。
お客様には、お土産として
差し上げたりしていました。
相手の方の、もらって困った顔とかは、
全く記憶にございません。あー恥ずかしい!
(やっち)
●小学生のとき、学校での耳鼻科検診で、
鼻をぐいっと広げるお医者さんを見て、
「先生が見やすいように
キレイにしておかなくちゃ!」と思った私。
こっそり鼻をお掃除していたら、
血が流れてきました。
そんな私を、先生はチラッと見て、
「鼻炎」と書き込んでいました。
毎年それの繰り返し。
子供の頃って、
なんであんなに簡単に鼻血が出たんだろ!
(まい)
●私は小学生の頃、
読んでいた少女マンガのセリフを
ものすごく感情を込めて
自分でカセットテープに吹き込み、
その後、そのカセットテープを聴きながら
もう一度マンガを音声付で読み返していました。
(とく)
●小学生の頃、ひとりで
留守番をしていた私は、ナポリタンを作りました。
材料はパスタ、ケチャップ、ベーコン、ピーマン、
そして芽が伸びてるタマネギ。
出来上がったナポリタンを食べていると
なんだか味がおかしい気が・・・
「いやいやそんなことはない、気のせいだ」
とフォークをすすめると、
今度は明らかに気持ち悪くなってきたのです。
小学生の私は悟りました。
「タマネギの芽には猛毒があって、
それを食べてしまった私は
もう毒が全身に回って死ぬしかないんだ」と。
泣きそうになりながら片付けを終えると、
おもむろに布団を敷きました。
そっと横になるとお腹の上で指を組み、目を閉じました。
もう二度と目覚めることはないだろう
と思いながら・・・
二時間後、ぐっすりお昼寝をした私は、
気分爽快で目覚めました☆
(絹子)
●ある日、姉と空き地で遊んでいると、
近くの草むらにしゃがんでるおじいさんがいました。
少しして、その方向を見たときには
もう姿がありませんでした。
さっきまでおじいさんがしゃがんでいた場所に
行った姉が、びっくりした様子で私を呼びました。
なんとそこには真っ白なウンチが!!
バリウムなんて物の存在すら知らない子供の頃。
「人間に変装した宇宙人だったんだ・・・」
と本気で思っていました。
(めそ)
●お姫様になりたかった私は、
王子さまとどうにかして結婚しようと
日々アイディアをしぼっていました。
ある日、ひらめいた!
「冬の日の空気をびんにつめて
夏にびんのふたを開けたら涼しい!」
私は茨城産の空気をびんにつめ
夏が来るのを心待ちにしてました。
夏が来たら、王子の家来に売りつけて
結婚のための取引をしよう
と、たくらんでいた小学生。
自転車でいける範囲に王子が見つからなかったため
挫折して今にいたる。
(花の女子大生)
●小学生の頃、
畳の部屋で祖母と弟と一緒に寝ていました。
たまに寝付けないことがあるとき、
ふと天井を見ていると天井の模様が人の顔に見えてきて、
「早く寝ないとあの人が襲ってくる!」
と思い込み、怖くなって
布団をかぶって寝た記憶があります。
朝起きてみれば、ただの模様なんですけどねー。
(ひろ)
●敵の襲来にそなえ爆弾を作った人の話がありましたが、
私はせっせと「毒」作りをしていました。
にがそうな葉っぱと、毛虫をお菓子の空き瓶に入れ、
保存がきくようにと塩をいっぱいかけておきました。
(ブロビー)
●ドラマなどで死んじゃう役の人はホントに死ぬ、
だからテレビでは死にたい人を
常に募集しているんだと思ってました。
「太陽にほえろ!」で
ロッキー刑事がガケから落ちるシーンで
それが明らかに人形だったのを見てもなお
「今回は死にたい人が足りなかったんだ」と
思ってました。
ちなみにロッキーはそのとき死にませんでしたが。
(しぐれ)
●小学校2・3年の頃、
自分の眠る瞬間が見てみたいと、
寝る時にはその瞬間に神経を集中していました。
いつもいつの間にか眠ってしまい、
なかなか成功しなかったのですが、ある夜、
眠くて眠くてどうしようもないのを
必死にこらえている時に、
自分の体の中から何かが出ていこうするのを
経験しました。
たぶんそれが眠る瞬間だったのでしょうが、
その時の私は、体から魂が抜けて
死んでしまう時なのだと思ったのです。
なんとそれからは毎夜、それを経験するようになり、
死なないように、その瞬間と格闘していました。
あの時は本当に怖かった。
(ごまどうふ)
●私は小学校低学年のころ
父親とお風呂に入るたびに
「お父さんにはなんでおちんちんがみっつ
あるんだろう?」と思っていました
しかも それを
「お父さん すげーっ みっつかあ うらやましい」
なんて思ってました
うらやましいって・・・ねえ
(たかぽこ)
●幼稚園児の頃、
「ありがとう」を丁寧にすると
「どうもありがとう」となることを学んだ。
そこまでは良かったのだが、
なぜか私は「ありがとう」というお礼の言い方に
お姫様が乳母に言う「ご苦労。下がって良し」
というような不遜な印象を持ち、
「どうも」の方が謙遜していて素敵だと思った。
知人にお菓子をもらったときなどに
「どうも」と言うと
母に「ありがとう、でしょ!」と叱られたが、
納得がいかず、「どうも」を使い続けていた。
赤い縁の瓶底メガネをかけて「どうも」って…
今思うと、かわいげがなさすぎる。
(ま)
●自分の本当のお父さんは「長渕 剛」だと思ってた。
父は健在です…。
(あや)
●小学4年生の少女だった頃、
偶然聞いたラジオで DJのおにいさんが
「おしっことうんこは同時にできねーよなぁ」
と言うのを聞いて
「私にはできるもん!」と思い、
「証拠写真を撮って送ってあげよう」
と決心して、ラジオ局の住所を調べました。
幸い すぐに忘れてしまったため
写真は撮りませんでしたが、
あの時本当に撮っていたら…と思うと冷や汗が出ます。
(まみ)
●小学生の時、弟と風呂に入り、
二人でどれだけのオナラが集められるか、
ということに夢中になりました。
風呂桶を使って、「あ、俺出る!」みたいな感じで。
当時幼稚園児だった弟には加減が難しかったらしく、
ある日ふんばった拍子に固形物まで出してしまい、
二人で浴槽に浮かぶそれを見て
パニックに陥った記憶があります。
それ以来もうやらなくなりました。
(おか)
●私以外の人間は体の一部分が触れると、
相手の気持ちがわかると信じ込み、
2コ下の妹と手をつないで寝る時は
何も考えないようにドキドキして寝てました。
もしくは心の声で、
「この声聞こえてる?
聞こえてたら指で反応して?」
とかを必死に念じて、反応を待ったりしてました。
(かよ)
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(ミニコメント)
昨晩の無料メルマガ「ほぼ日デリバリー版」で
お送りしたものに加え、大多数を新着メールで、
おとどけいたしましたが、いかがでしたでしょうか?
あいかわらず、必死な時の台詞まわしが、
子ども独特だよなぁ、なんてたのしんでいます。
ドキドキする体験の多さも、
何かが変わるという出来事の多さも、
やっぱり、ちょっとだけ、うらやましくもありまして。
「無垢な人には、世界はいつもあたらしくて新鮮」
という「ほぼ日」で作った脳の本を思い出しつつ、
みなさんからのメールを、読んでいたんですよ。
あなたや、あなたのまわりの「ガキばなし」は
postman@1101.com
こちらまで、件名を「ガキ」として、
どんどん、おおくりくださいませー!!! |
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