KINDER
ガキの頃は、バカだったなぁ。

(7月17日)

私の恥ずかしかった話。
 それは、小学校1年生の時のことです。
 当時、ほとんどのすべり台は
 今のように鉄製(金属製?)ではなく、
 木で出来ていました。
 私の小学校のすべり台もそうでした。
 少し老朽化して、真ん中あたりで木がひび割れて、
 それがちょっと上に向かって
 ちょっと尖っていたんですよね。
 ある日、私はそれに気づかず勢いよく滑りました。
 そして、なんとその尖った部分が
 パンツにひっかかり見事に破れてしまったんです。
 本当に、お尻全開!て状態でした。
 でも、ちょっと「いい格好しいの子供」だった私は
 その事を他人に言うのが
 ものすごく恥ずかしかったんです。
 本当は泣きたいんだけど、
 何事も無かったかのようにすまして
 家に帰ろうとしました。
 ところが、帰りの「さようなら」の挨拶の時に、
 後ろの席の男の子が
 「あっ、お尻見えてる」と叫びました。
 短いスカートだったので、
 礼をすると破れたパンツと
 全開のお尻が丸見えだったようですね。
 恥ずかしかったぁ。
 いろいろ恥ずかしい経験はしましたが、
 あれ以上の経験は正直言ってないです。
 ちなみにあれ以来、すべり台はトラウマです。
 今でも子供と滑ったりしますが、
 普通の鉄製の平坦なやつなら大丈夫なんだけど、
 パイプをつなぎ合わせたタイプの時は
 ドキドキしたりお尻を浮かせて滑ったりします。
 では!
 (t)

街道沿いの「モデルルーム」の垂れ幕やのぼりを
 見るたびにドキドキして、知らない振りをしていました。
 「モデルルーム」はオトナに聞いちゃいけないもの・・
 と思っていました。実家の近くの街道沿いって、
 キラキラ華やかな「ホテル」も点在してたので、
 同類と思ったのかもしれません。
 弟に「モデルルームってなぁに?」と聞かれたときも
 「何で私に聞くの!!」という
 怒りと恥ずかしさがこみあげてきた覚えがあります。
 (kyo)

小学校4年の時に好きだった男の子から突然
 「ちょっとこっち来て!」と声を掛けられ、
 ウキウキしながら(きっとカレからの告白だ!と)
 カレの後をついて行ったら、誰もいないところで、
 「お前、ハナクソ飛び出てるぞ!」と言われました。
 ・・・一瞬にしてカレのことは諦めました。
 (しろ)

大学生でやってしまったはずかしい話です。
 とある昼間の電車内。ほとんどの人が座っていて、
 その車両で立っているのは私だけでした。
 発車の時、吊革につかまっていなかったため
 慣性の法則にさからえず、よろけておっとっと・・・と
 小走りに移動してしまいました。
 座席の端から端まで。しかももう大人なので無言で。
 転んだわけでもなし、
 「大丈夫?」と声をかけるほどでもないな、
 でもちょっと面白かった、
という視線を感じました。
 網棚にカバンを置いていたので
 元の位置に戻るのが、とてもはずかしかったです。
 (おいも)

小学校の3年ぐらいだったでしょうか、
 留守番をしていてあまりに退屈だったので、
 紙袋(お菓子の入っていそうな)に中腰でうんちをして
 妹と嬉々として誰もいない公園のベンチにもっていきました。
 そして30分後に、それはなくなっていました。
 (よしこ)

小学校の硬筆で金賞をとって、
 市の書き方コンクールとかでも賞状をもらったんですが
 そのころの私の得意とする文字は「る」でした。
 小学2年生になって朝の漢字の小テストがあり、
 答案を先生に代わってクラスの男の子が配っていたところ
「なにこいつ!自分のなまえ間違ってるじゃん!」
ってみんなの前で言われました。
 答案をみると(わたしの名前はゆきと言います)
 「○○○ ゆる」
 ゆる・・・ゆる・・・。
 どんなに「る」の字に自信があったんでしょうか・・・。
 「ゆるって書いてるぞ!」ってみんなに大爆笑された時は
 その場から消えてしまいたい気持ちを初めて味わいました。
 (こなつ)

幼稚園の年中さん(5歳)の頃の話です。
 運動会の時の絵を描く時間に、
 私は大好きな玉入れの絵をクレヨンで描きました。
 画用紙にみんなで玉入れをしている絵を描き、
 「よく描けた!」と思い先生に見せに行きました。
 しかし先生に
 「とってもいい絵ねぇ。
  でもバックが寂しいからバックを描いてね」

 と言われたのです。もちろん背景のバックなのですが、
 幼稚園生にバックと言えば「かばん」でしょう。
 玉入れの絵にかばんはおかしいよなぁ・・・
 と思いつつも言われた通りにしたんです。
 みんなでワァワァと玉入れをしている様子の
 右上に、茶色のおやじバックをせっせと描きました。
 
 それを恐る恐る先生に見せると、訝しい顔をされ
 私はアタフタとバックって言われたから描いたと言うと、
 絵の後ろを絵の具で塗ってらっしゃいと言われ、やっと
 納得して黄緑色の絵の具を
 ベタベタ塗ってOKを貰いました。
 黄緑を塗ってる間に友達に
 「なに、この茶色いの?」
 と聞かれても何も答えず、バックの意味を知った
 ちょっと大人な自分に、酔いしれていました。
 今でもその絵が残っていて、
 それを見るとなんとも言えないすっぱい気分になります。
 (keiko)

シリコンバレーで
 仲間と会社を立ち上げようとしています。
 まだ事務所を借りられる余裕がないので
 普段はそれぞれ自宅で仕事しており、
 週に一度、街角のカフェや、量販店の中の
 コーヒーショップにあつまって、打ち合わせ。
 なんかわくわくするわけですよ、話をしていると。
 これって、ガキのころ
 裏山のあやしげな秘密基地に集まって、
 きたる宇宙人の来襲にそなえて作戦会議を開く、
 そのまんまの感覚なんですね。
 仲間はアメリカ人、ロシア人、
 ユダヤ人の双子、その親戚と、日本人の私。
 どこの生まれでも男の感覚というのは
 似たようなもんなのかなあ、と思います。

 (Yoshi)

姉はマクドナルドのキャラクター
 「ドナルド」が恐かったらしく、
 テレビに「ドナルド」が映ると
 母のところへ泣きながらとんでいったそうです。
 ある日、母が庭で花に水をあげているとき、
 姉が「ドナルド」をみてしまったらしく大泣き。
 庭に母を見つけた姉は、網戸を突き破って
 庭に飛び降り母に抱きついたそうです。

 網戸を突き破って降りる恐怖と、
 ドナルドの恐怖では、ドナルドが勝ったようです。
 (yu)

小学生のころ、友だちになった子の家に
 はじめて遊びにいったら、
 表札が“○○組”となっていて!
 中学卒業するくらいまでずっと、
 その子のうちは組事務所だと思ってました(笑)
 当時、友だちはお父さんが営んでいる建設会社の
 寮の隣りに住んでいたのですが
 出てくるひともそれっぽかったので
 勘違いしてたんですね〜
 20代になった今も仲良しなんですが
 “ヤクザの娘と思ってた”なんて言えません...
 (たかじゅん)

小4の頃、4つ年上の姉に
 「新聞持ってきて」と命令されました。
 当時反抗期だった姉はとても怖く、私は
 いつもビクビクして命令に従っていましたが、
 その日は気分が乗らなかったので「イヤ」と断りました。
 すると姉はすごく怒って私のランドセルを
 庭に出してしまいました。
 ランドセルを取り返そうと
 庭まで追いかけてきた私が家に入る前に
 中から玄関の鍵を掛け、
 「あんたの為に
  地球が回ってるんじゃないんだからね!」
 という捨て台詞を吐きました。
 今考えるとその言葉、
 そっくりそのまま姉に返してやりたい…。
 (kaka)

小学校1年生の時、
 歩いて30分位の所にある低い山々の向こうは、
 江戸時代だと思っていました。
 (エリ)

確かあれは小学1年生の頃、
 ちょっとおしゃれなレストランで、
 「ねぇ、おかあさん、こうがん用紙買ってよ」
 と言ってしまったのです。
 何でみんな笑ってるの?とおもったら、
 母が「方眼用紙でしょ」と
 笑いながら教えてくれました。
 こうがんって何?と言う問いには
 こたえてくれませんでした。
 あぁ、はずかしい。
 (いわなだれ)

小学校低学年の頃だったと思います。
 近所にものすごく急な坂がありまして、
 ある日初めてその坂のうえから下まで
 自転車に乗るということで、
 3人で一気に坂を降りました。
 その結果坂の下に立っている小屋に激突!
 額にたんこぶが・・・
 ハンドル操作を誤ったわけではありません。
 なんと私はそれまで坂道を自転車で下るときに
 ブレーキをかけながら進むということを
 知らなかったのです。
 他の2人はどうやってそのことを知ったんだろう?
 私だけ何で知らなかったの?とその時思いました。
 (なおちん)

幼少の頃、お墓参りに行く途中で
 サンダルを買ってもらい、
 早速それを履いて境内に入ると、
 あたり一面の緑とその広さに嬉しくなり?
 まるで放された犬のように駆け出したまではいいが、
 その先に沼があるのを知らずに
 ズブズブ・・・。はまって行きました。
 自分ではスローモーションの感じでした。
 だって、ガキの目線からは、
 緑のジュータンに見えたのに、
 水草が含まれていたとは気が付かなかったのさ。
 むろんサンダルは見つからず、体にはヒルやら
 わけのわからない生物が付くやら、
 幼心にもトホホな墓参りでした。
 ワシ、あの時泣いたかな〜?
 (すぱいだ〜)

何でも平等にしたかった、というお話を聞いて。
 わたしの場合は左右の手ではなく、
 持っていたぬいぐるみを
 全て平等に扱わねば、と思っていました。
 お気に入りのひとりとだけ一緒に
 ベッドで眠るのは不公平だと思って、
 持っているぬいぐるみ全てをベッドに入れていました。

 しかも、
 「わたしと体が触れていないとかわいそう(?)」と思って、
 仰向けに寝転んだ自分の体の側面にくっつけて
 一つ一つぬいぐるみを並べて、
 足の方まで全身ぬいぐるみに
 囲まれる形で眠っていました。
 寝相が悪かったので、毎朝起きると
 床に転がったぬいぐるみを
 ひとつひとつ拾い上げることから
 一日を始めていました。
 この生活、1年続けました。
 (ガンモ)

前回の、ガキの頃は、バカだったなぁで、
 「忍者ハットリくん」を見ている時の話が
 ありましたが、僕は
 「西部警察」を見てる時に電話がなり
 「ハイ、こちら西部署!」とつい出てしまいました。
 (ちから)

小学生の頃、友達のお父さんに
 『のどぼとけがあるのは、
  ミートボールを喉に詰めたからなんだ。
  これは男の儀式で、下手したら命に関わるんだ。
  だから早くからのどぼとけがあると、
  周りから尊敬されるんだ』
 と教えられ、ずっと信じていました。
 のどぼとけの小さな人を見て、
 『この人は弱虫だから小さいヤツなんだぁ〜』
 と思ったり、弟に教えビビらせたり。
 ……いまだに男の人の喉を見ると
 ミートボールを詰まらせる儀式を思い浮かべます。
 (C)
 
   
(ミニコメント)

習字の「ゆる」みたいに、
ひとつのことに自信を持ちすぎているから
おかしてしまうあやまちって、ありますよねぇ。
得意気な自分の言動をおぼえているからこそ、
はずかしさも何倍にもなるわけで。

山のむこうは江戸時代・・・。
「海の向こうの浮き島はアメリカだと思ってた」
とか、子どもにとっての世界の奥行き感も、
独特のものがあります。

「ミートボールを詰めるのは
 男の儀式で、ヘタしたら命にかかわる」
とか、いろんな聞きかじりがミックスされて
ひとつの確信になっているのが、たのしかったです。

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2003-07-17-THU
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