(2月10日)
・建設現場の「・・・組」。
私も もちろんヤクザだと思っていました。
しかも、幼稚園の頃から・・・
それから「やくざいし」は「ヤクザ医師」で、
「みんななんでそんな怖い先生ところへ行くんだろう」
と心配していました。
薬剤師のみなさんごめんなさい。
でも、よく考えるとそんなことを考え、
知っている幼稚園生だった私のほうが怖い・・・。
30何年も前の話。
(メルくま)
・小一に人生計画を立てました。
自分の頭の良さは平均くらいだから、
公立の小、中、高を経て、
大学は公立の文学部にすすみ、そしてそのさきは・・・
そのさきは、で、小説家の道を進むか、
漫画家の道を進むかの
人生で初めての岐路に立ったのです。(自分勝手に)
しかし子供の自分には小説に書かれるような
大人の恋や何やがわからないと、
漫画を選ぶことに。
今思えばその時小説を読んだこともなかったのに。
しかし大人になった今現在、人生計画通り
漫画家になっているので
小一の自分ちょっとすごいかも、と思います。
文学部、だけ違ってました。
(たな)
・小学校2年の頃だったと思いますが、
その頃仲が良かった友達に誕生日が
1日違いの子がいました。
友達の誕生日に家に遊びに行くと、
私の誕生日も一緒にお祝いをしてくれました。
友達のマンドリンの演奏や、二人の歌などを
テープに吹き込んだのですが、歌ったのが
「キャンディ・キャンディ」の替え歌。
♪鼻クソなんて 気にしないわ〜
誕生日なんだから、もうちょっと
誕生日っぽい歌にしろよ・・・といった感じです。
今もそのテープ、残ってるのかなぁ?
(とぱーず)
・少年野球チームに属してた頃、
頭の大きい子が一人いまして
その子の野球帽のサイズが60cmだった為に
あだ名が「ろくじゅう」に・・・。
子供ってホント直球勝負ですよね。
(ハガ)
・中学のころ、おくてだった私は
男子というと笑いのネタにしていました。
水泳の時間、あまりにもアバンギャルドな泳ぎで
溺れそうだった佐藤くんのあだ名は
「プール」
もう一人の佐藤君はプリっと肉厚なお尻をしていたので
「桃ケツ」
当時から辛口でした。
高校のころは女子高で、大好きな先生は
足の指が6本あることを自慢する
70歳ぐらいのじいさんでした。
夏はセッタを履いていたのですが、
冬は頻繁に靴下を脱がせにかかってましたね。
(ぽね)
・皆さんこんにちは。
「サボテンの花咲いてる〜♪」という歌いだしの
「赤い川の谷間」という歌をご存知でしょうか?
この歌の歌詞に「夜、なお暗い森よー」という
部分があるのですが、私はこれを
「よる菜、オクラ、イモリよ〜」と歌っていました。
変な歌詞だなと思いながら、
・よる菜・・・高菜みたいな野菜。
・オクラ・・・切るとねばねばする野菜
・イモリ・・・爬虫類
を頭の中に想像しながら歌っていました。
さすがに、よる菜とオクラは、
別なもののことかもしれないと思っていましたが、
イモリは間違いないだろうと思っていました。
今歌ってみても、
「よる菜、オクラ、イモリよ〜」になります。
(松永)
・小学生の頃、友達と毎日飽きもせず
盛り上がっていたこと、私にもあります。
それは「アリの世界」を描くこと。
ただただひたすら、自由帳に
おびただしい数のアリと
その通路を描いていたのです。
その自由帳は8冊ほどにまでなりました。
私達をここまで突き動かしていたものは
一体なんだったのでしょう?
(いまや働きアリ)
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(ミニコメント)
子どもなりに
ギャングなどから逃げたいとか、
暴力団には近づきたくないとか、
思う気持ちが、どんどん、
「あれは実は暴力団だ」という幻影を
生んでいくんだろうなぁ。
そういう気分は、オトナになってもあります。
あなたや、あなたのまわりの「ガキばなし」は
postman@1101.com
こちらまで、件名を「ガキ」として、
どんどん、おおくりくださいませー!!!
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