これは私の兄の恋人のお話です。
私の兄は当時19歳で、大学浪人でした。
その彼に8歳年上の彼女ができました。
兄妹仲がよかったので、
まだ中学生だった私は
3人でよくボーリングやドライブに出かけるほど、
彼女Yさんとはなかよくさせてもらいました。
Yさんはしっかり者で、
美人ですらりと背が高くて、
「なんでうちのお兄ちゃんがいいんだろう」
と、妹ながらに思っていました。
兄は兄で、大学に入ってただ4年間過ごすより
早く自立して大人になりたいと
しょっちゅう言うようになりました。
彼なりにYさんのことを
真剣に考えていたのだと思います。
入試間近の1月に、突然
就職活動のためにしばらく都会の友達の所へ行く、と
兄が言いだしたのも
Yさんの影響だったのかもしれません。
親の反対を押し切って、
「とりあえず1週間」という約束で
都会に行くことになりました。
兄に付き添った駅のホームで、
Yさんは明るく兄の世話をやき、
私と一緒に手を振って電車を見送りました。
ところが、電車が見えなくなった途端、
Yさんは急に号泣しはじめたのです。
大人のYさんが幼子のように、
鼻を真っ赤にしてぼろぼろ涙をこぼすのを見ました。
しばらく会えないくらいで
そんなに泣くほど兄のことが好きなのか、と
私は圧倒されながら
少し「かっこわるい」と思ってしまいました。
多分それが態度に出たのでしょう。
Yさんは泣き止んでから、照れたように笑うと
「泣いてしまったことは
お兄さんには絶対内緒にしてね」
とかなり念を押しました。
それがYさんとの最後の会話でした。
Yさんは兄が都会にいる間に仕事を辞め、
引っ越しまでして、
完全に私たちの前から消えてしまったのです。
兄は荒れましたね。すごく。
私もわけがわからなかった。
「あの日Yさんは何か言ってなかったか」と
兄からしつこいほど聞かれましたが
何も答えられませんでした。
私はただ不可解な言動で
兄をふりまわすYさんに腹を立てていました。
それから数年後、この歌が流行ったのです。
この歌詞を聞いて、なぜだか、すぐ
Yさんを思い出しました。
あの日の泣き顔とともに。
あれきり会っていないYさんが
どんな気持ちで私達の前から消えたのかは
知りようがありません。
ただ、大人になったいまならわかります。
Yさんがあの日あの時、
兄を本当に愛してくれていたことを。
もう決して私たちとクロスすることがない
Yさんの人生が幸せでありますように、と
いまなら心から思えるのです。 |