『恋しくて』
 BEGIN

 
1990年(平成2年)

突き飛ばすような人だったら
すぐに嫌いになれたのに。
  (投稿者・未年のれふあ)

好きなら好きと
Say again
言えばよかった

社会人になって2年目くらいの頃だったと思います。
仕事を通して知り合った彼のことを好きになりました。
遊びに行ったりおしゃべりしたり、部屋にも行ったり‥‥
付き合ってると思っていたんですけどねぇ。

ある日のデート(私にとっては)の別れ際、
「『恋しくて』って歌知ってる?」
と聞かれました。
うんと答えると、
「あれ、好きなんだよねぇ」と。
実は知っていると言ったものの、
大まかにしか知らなかったのです。
当時流行っていたイカ天で
話題になっていたなあというくらい。
なので急いで調べました。
次に会ったときにいろいろ話をしよう、
いい歌だねぇと私も言って気持ちを共有したい。

彼と交わされるだろう会話を想像し、
ドキドキしながら取り掛かったものの、
徐々にドキドキの心音が
不穏なものに変わっていきました。
忘れられない人がいるんだと思いました。
そっか。昔の彼女かしら。
それとも告白できなかった片想いの人とか?
すっかりしゅんとしてしまいましたが、
今一緒にいるのは私なんだから
そのことを信じようと思いました。

『恋しくて』はとてもとても心を打ち、
ああ、いい歌だなぁと思いましたが、
その話をすればしたぶんだけ、
彼がその女性へ思いを募らせていくような気がして、
私から話題にすることはありませんでした。
でも、心配するようなことが起こることはなく、
彼はただこの歌が好きなだけなのかもなぁ、
私ったらへんなこと考えちゃってやーねぇと
思うようになりました。
そんなすっかり安心した頃でした。
再び別れ際に、
「もっと早く会えたらよかったね‥‥」と。

いったん帰路についたはずなのですが、
次に思い出すシーンは彼の最寄り駅の公衆電話の前。
もうすぐ日付が変わるという時間でした。
彼に電話をし、今から行くとだけ言って切り、
走りました。

彼は何も言わずに部屋に入れてくれました。
ねぇ、忘れられない人がいるの?
私のことはどう思ってるの?
どうして私と会ってくれてたの?
‥‥我慢してきた言葉があふれましたが、
それは頭の中だけで。
何一つ聞けないまま、
ただ彼の首にすがりついて泣きながら
何度も好きと繰り返すだけでした。
泣いて請うなんて絶対にしたくないと思っていたのに
やってしまいました。
いっそこのまま押し倒してしまえば‥‥
なんて考えもよぎりました。

ずいぶん長い時間だったような気がしますが、
だいたいそういう時って
そうでもなかったりしますよね。

彼の両腕はついぞ
私の背中に回されることはありませんでした。
かわりに「ごめん」とひと言だけ。
突き飛ばすような人だったらすぐに嫌いになれたのに。

今なら彼側に立って、
あれこれと想像することもできますが、
あの頃は自分の気持ちばかりでした。

彼はどうしたかなあ。
好きだ好きだと言う私に触発されて、
忘れられない女性に思いを告白してくれていたなら、
少しは役に立った気になれるのに。
それとも、今も聴くたびに
好きなら好きと言えばよかった女性のことを
思い出しているのかなぁ。‥‥ちぇっ(笑)。

私のほうはというと、
恥ずかしくて消してしまいたい記憶だったあの日が、
今では、懐かしく、楽しいものに変わっています。
わざわざフラれに行っちゃってばかだねぇ‥‥
なんて思いながら。


(未年のれふあ)

「このひとは私のこと好きにちがいない」
という確信よりも、
「きっとうまくいくはず」
という希望よりも、
ほんの一瞬、脳裏をかすめちゃった、
「だめかもしれない」っていう予感のほうが、
ずっと当たるんだと教えてくれた女子がいました。
男はわりとそういうところが鈍い。
「ほかに好きなひとがいるんだよね」
って、バレちゃうくらい、鈍い。
どれくらい自分が彼女を傷つけてるか、
まったく気づかないくらい、鈍い。
いっそ嫌いにさせようなんて
ぜったいに思いつかない。
(ま、みんながみんな、じゃないけれど。)

「彼の両腕はついぞ
 私の背中に回されることはありませんでした。」

かあ‥‥。
そして(未年のれふあ)さんのエピソードに
BEGINの「恋しくて」は
ほんとうにぴったりです。

その「恋歌」を実際に聴きながら
投稿を読む、というのは、
このコンテンツをたのしむときに
たいへんおすすめのやり方ですが、
とりわけ今回は
ぜひ聴きながら読みたいですね、
BEGINの『恋しくて』を。

あの歌って、単体でとってもいい歌ですけど、
すごくなにかのBGMに似合う気がするんです。
真ん中で主張するわけでもなく、
かといって聞き流せる感じじゃなくて、
ちょっと向こうで鳴ってる感じ。

投稿中、その大事な場面が、
時間も、言ったことも、曖昧に記憶されているのが
すごくリアルだなあと思いました。
10年、20年という月日を経ると、
大切な場面もほどよく角が取れて
おぼろになっていきます。
何度も思い返して後悔したりするから、
どこまでがほんとかわからなくなったりして。
それでいて、ある一瞬のことは
絶対に揺らがない静止画のように刻まれていたり。

そういう、ゆらゆらした場面の
うしろに流れる『恋しくて』。

『恋しくて』。
大まかにしか知らなかったその曲を、
つい「うん知ってる」と言っちゃって、
そのあとそれを急いで調べる。
彼と感想を共有するために。
調べるといっても、あれです、
「イカ天」の時代です。1990年の曲です。
インターネットで「恋しくて 歌詞」とか、
アンド検索することはできません。
きっと(未年のれふあ)さんは、
レコード屋さんかレンタル店に走ったんでしょう。

恋の展開をひとつすすめるたびに
肉体的な行動がまだまだ必要な、あの時代でした。
それは、良くも悪くも。

そういうもどかしい進展のなかで
衝動的に、爆発的におとずれた、
「ただ彼の首にすがりついて泣きながら
 何度も好きと繰り返すだけでした。」
という動物のようなアクション。
読んでいて胸にせまるものがありました。
いいなぁ‥‥生きているという実感!
「ついぞ両腕を背中に回すことをしなかった」彼も、
一所懸命で、すてきな男性だとぼくは思います。
(思わせぶりな言動はイエローカードだけど)

(未年のれふあ)さんのことを彼は、
強く深く、覚えていることと思います。
忘れることなんかできませんよ。

この委員会に寄せられる、
失恋を振り返る女の人について
よく思うことがあります。

さっぱりしていて、明るくて、
なんてすばらしい人たちなんだ!

この投稿全体に流れる明るい雰囲気。
こまかな推敲のあともない、
さっぱりした語尾ににじむ、お人柄。
打たれます。
「‥‥ちぇっ(笑)」なんて、最高だ。泣ける。

いっしょにいる人とは
見ている方向もいっしょだといいのだけれど、
そうとは限りません。
女の勘は、嫌なくらい、はたらきますよね。
ぜったいしたくないと思っていた
行動にだって出ちゃいます。
でも、「ああすればどうなってたかな」という
後悔よりは、行動に出たほうがいいと私は思います。
「私ってばかだねぇ」と
懐かしく楽しく思い出せるのは
その自分のおかげなのでしょうから。

しかし‥‥女の勘だけに頼る男は、
いいかげんにせぇ、と思う。
もっとハッキリ、自分から言うべきだぞ!
おい! 恋しくて男!
また明日!

 

2012-05-01-TUE

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