『風をあつめて』
 はっぴいえんど

 
1971年(昭和46年)
 アルバム『風街ろまん』収録曲

彼の細くて長い指が
風の間をきっていく。
  (投稿者・ommu)

それで ぼくも
風をあつめて 風をあつめて 風をあつめて
蒼空を翔たいんです
蒼空を

23歳の時に 好きになった人は、
痩せてひょろっとして、
人付き合いがとても苦手で、
「俺はネガティブなんだよ」が口癖でした。

木工の専門学校で出会った彼は大学を卒業してから、
一方、私は仕事を辞めてからの入学でした。
風光明媚なその土地での1年間は、
いま思い返すとまるで夢だったような気がしてきます。

年齢も出身地もそれまでの経緯もバラバラな
21人のクラスメイトの中にあって、
偶然にも唯一の同い年で、
偶然にも唯一の同郷で、高校も同じ市内で、
これまた偶然にも出席番号が(名前順)前後でした。

なんてことない2、3の偶然の重なりじゃないか、
と思われるでしょう。
でも23歳の恋愛経験の少ない女子の目にそれは、
「ま、まさかこれは運命ではないか?」
と映ったのでした。
とはいえ人見知りの激しい私と
人付き合いの苦手な彼ですから、
なかなか距離は縮まりません。
そんな調子で1ヶ月があっという間に過ぎました。

そして明日からゴールデンウィークという日。
クラスの半数は県外出身者で、
ほとんどみな帰省する様子。
私も次の日には帰る予定でした。
夕方、いつものように居残りで
道具の手入れなどをしていたときだったでしょうか、
彼が話しかけてきました。
「実家帰るの?」
私が「うん」と答えると、
彼はびっくり発言をしたのです。

「一緒に帰りませんか?」

「‥‥はい?」
(ん? 今なんて? いいいいっしょにーーー!?
 え? 一緒にって、え? どーゆーこと?
 なんで? なんで??)

いろいろと思惑し
返す言葉が出ない私に彼はこう続けます。

「高速代とガソリン代、半分こになるでしょ?」

「あーー、うん。そ、そうだねー。うん。そうしよー」
(な、なーんだ、そういうことね。
 そうだよね。そうだよね。)

はたして我々は彼のレガシィで帰省しました。
途中高速にのったり、
お昼ご飯や休憩をはさんだりしながら約6時間。
ちょっといいな、と思ってる人の車の助手席。
自分が話すか相手が話すかしないと
すぐに沈黙が訪れました。
そんなとき、彼がこの曲をかけました。

「はっぴいえんど」は知らなかった私でしたが、
この曲はCMか何かの女性ヴォーカルの
カバーで聞いた覚えがありました。
なるほど彼はこういう音楽が好きなのかと、
こっそり頭の中にメモしてから耳を傾けました。

のほほーんと、気の抜けるような音で始まり、
歌ってるひともずいぶんのんきそうな声をしています。
(後にYMOのメンバーだったと知り、
 そのギャップに驚きました)

そのとき走っていたのは高速ではなく、
ずーっと向こうの方まで見渡せるような平地でした。
いいお天気の空には白い雲がぽこぽこ浮かんでいて、
新緑は目が覚めるほど明るく、
そしてあけていた窓からは
気持ちのいい春の風が入ってきていました。
彼は時折たばこを吸いながら、
間の抜けた顔で運転を続け、私はというと、
そんな彼の横顔をちらちらと盗み見ていました。

歌がちょうど、
『それで ぼくーも』というところで、
彼はたばこを置いた右手を窓の外に出しました。
そして、『かーぜーをーあつーめてー』の
メロディが流れました。
彼の細くて長い指が風の間をきっていく様子に、
私は見惚れてしまいました。
そして黙って、左手を窓外に出しました。

風は、つかめそうな感じがしましたが、
その度に指の間をすり抜けていってしまいました。
それと似た感じを彼に対して感じるようになるのは、
まだ少し先の話なのですが、
今思うとこれは伏線だったのかしら、
と、切なくなります。

長くなりましたが、
これが今も続く恋の初めの一歩のお話でした。

(ommu)

春と梅雨のあいだの
さわやかな新緑の時期に
ぴったりの投稿をお届けしました。

と、FMの番組みたいに、
当たり障りのないことばをはさんで
さっさと『風をあつめて』を
かけちゃいたいところです。

またしても、名作と呼べる投稿です。
読みながら、心の動きとその風景が
ありありとこちらによみがえる時間は、
もう、「読書」と呼んでもいいような気がします。

ちなみに、この投稿には「追伸」がついていて、
彼女が彼に2度振られてしまう様子が
ごくごくさらっと書いてあります。
「連絡は2年以上とっていません」
と結ばれていますが、
声が聞きたいです、とも書き添えてありました。

『風をあつめて』が古い曲なのか
新しい曲なのかよくわからないように、
その恋もまた、終わっているようで、
また新しくはじまるようで、
というところでしょうか。

それでは、お聴きください。
1971年のアルバム、『風街ろまん』から、
はっぴいえんどで『風をあつめて』。

もともと憎からず思っていた人に、
ほんとうに恋に落ちてしまった瞬間。
それが「車の窓から」という
出来事だったんですね。

コピペしよう。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
彼はたばこを置いた右手を窓の外に出しました。
そして、『かーぜーをーあつーめてー』の
メロディが流れました。
彼の細くて長い指が風の間をきっていく様子に、
私は見惚れてしまいました。
そして黙って、左手を窓外に出しました。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
うん、いいなあ。とってもいい。
そんな運命的な瞬間って人生にあったかなあ。
‥‥ないよなー。

文体というか行間というか、
そういうところから
(ommu)さんが彼のことを
「今も好き」というきもちが
まっすぐに伝わってくるのも素敵です。
あと、なぜだか「むかしばなし」だと思って
読んでいたんですけど、
あんがい最近の話なんですよね。

「痩せてひょろっとして、
 人付き合いがとても苦手で、
 『俺はネガティブなんだよ』が口癖」な彼、
「間の抜けた顔で運転を続け」る彼。
勝手ながらピースの又吉さんを
キャスティングして読んじゃった。

またもや名投稿。情景がうかびます。
白い雲がぽこぽこする空を
遠くまで見渡せる車のフロントガラス。
彼の、見惚れるような細く長い指。
なんでそこで手を、窓の外に出すのよ?!
こんなふうに、
なんなんだろう、この瞬間?!?!
と思うこと、ありますよね。
忘れないものです。

うん、もう、すぐに
『風をあつめて』を聴きたいです。
ちらちらと彼の間の抜けた横顔を
盗み見ていた(ommu)さんの心に
気持ちを重ねながら。

自分好みの小説などを読んでいるとき、
ずっとこの世界にいたいと思うことがあります。
気持ちのいいこの時間が
いつまでも続けばいいのに、と。

(ommu)さんの投稿に、それを感じました。
気持ちや景色や音楽や、
車の中の温度や匂いまで伝わってくるような、
ゆらーっと流れる春風のような文体。
「ああー、気持ちいいなぁ、のどかだなぁ」
と思っているところで、
十分な余韻を残しながら物語は終わります。
恋の始まりの部分で、終わります。
いいなぁ〜。
しみじみと、いいです。

ぼくも武井さんみたいに、
好きな部分をコピペしよう。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
風は、つかめそうな感じがしましたが、
その度に指の間をすり抜けていってしまいました。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
指の間をぬるぬると通り抜ける
春の風の感触をありありと思い出します。
「車に乗っている」
というシチュエーションもいいんですよねぇ。
なにかこう、これからの「道」を暗示しているようで。

はっぴいえんどの、『風をあつめて』も、
ぼくら委員会でよくくちずさむ曲です。
ほんとに気持ちいい。

恋の記憶と好きだった曲の思い出が重なったら、
スケッチを描くように
気軽に切りとって文にしてみてください。
事実を順番に並べてくださるだけで、
それだけで、
きっとすてきな物語になると思います。

投稿、お待ちしていますね。

 

2012-06-06-WED

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