『さよなら』
 オフコース

 
1979年(昭和54年)

 お姉さんは何も答えずに
 ウフフと笑うだけでした。
 (このは)

さよなら さよなら さよなら

小学校6年生の時、
盲腸の手術のため一週間ほど入院しました。
入院した大部屋には、私が最年少で、
上はお婆ちゃんまで4、5人がいて、
医師か看護婦が処置をする以外はカーテンも引かれず、
オープンな入院生活を送っていました。

同部屋の患者さんの一人が20代のお姉さん。
反対側のベッドのお話好きのお婆ちゃんによれば、
お酒の飲みすぎで入院することになった、という話。
私の寝ているベッドのひとつ向こうの一番窓側。
ベッド横の引き出しの上にラジカセが置いてあり、
いつも音楽を聴いていました。
「もう終わりだね‥‥」
病室で聴くには、ちょっと悲しすぎる曲。
でも、お姉さんは繰り返し繰り返し、
その曲を聞いていました。

ある夜、お姉さんのところにはお見舞いの来客があり、
その人は消灯時間が過ぎても少しだけ残っていました。
私は布団を被りつつも、うつらうつらとしていましたが、
他の患者さんは既に寝ているよう。
なんとなく寝返りを打って窓際を見ると、
月明かりを背にした二人のシルエット。
寝ているお姉さんにその人の影が重なり合うところでした。

お休みのキスだったんだと思います。
おでこにチュッていう短いやつです。
シルエットなのにくっきりと浮かび上がっていて、
そのシーンだけが切り取られたように頭の中に残りました。
でも一方で、私はなんだか夢を見ていたような気もしていました。

「さよなら、さよなら、さよなら」

お姉さんがいつも聴いているオフコースの曲を思い出しました。

翌朝、全く無神経な小学生のガキだった私。
お姉さんのベッドに駆け寄って、
「昨日、男の人とキスしてたでしょう?」
な~んてズバッと聞いてしまいました。
お姉さんは何も答えずにウフフと笑うだけでした。
その反応に、
「きっとボーイフレンドなんだ。二人は恋人同士なんだ」
と私は、すごく納得したような気分になったのを覚えています。
そして、自分もいつかそういう恋人を持つんだろうかと、
あの夜の素敵なワンシーンを思い出しながら考えました。

今も、あのシーンが鮮明に私の頭の中に残っています。
初めて見た恋人同士の生キスシーン。
小学生の私にはかなりの衝撃だったんでしょうね。


(このは)

また、いい話を送っていただきました。
エピソードそのものも、
そして、それを表す文章も、とびきりです。

夢とうつつのあいだにある、
おぼろだけれど、やはり夢ではないこと。

そういう不思議な思い出は、
それが夢ではなかったことを
たしかめるようにくり返し思い出すから、
そのたび、ちょっとずつ何か色が混ざったり
角がとれたりして、
ますます特別な思い出になっていく。
ましてや、それが月明かりを背にした
恋人どうしのキスであれば、なおさらです。

私事ですが、ちょうど一昨日、
オフコースのベスト盤をiTunesに
取り込んだところでした。
どの曲もいいんですよねー。
この原稿のために『さよなら』を調べていたら、
小田和正さんご自身が
セルフカバーしていることを知りました。
それも、聞かなきゃ。

はぁ、どきどきします。
シルエットって、いろっぽい。
(おでこでよかった‥‥)

小学生のときに見た
20代くらいのカップル
(当時はアベックと呼んでいた)は
すごくすごくおとなっぽくて憧れでした。

うちの家族はスキーが好きで
毎年冬の旅行はスキーに行っていたのですが、
リフトにふたりで乗っている
カップル(アベック)を見て
「わわわわわたしもあんなふうに
 することがあるのだろうか!!」
とよく思っていました。

その光景がずーっと、
恋人たちの姿の「デフォルト」になって
長く残ることになりました。
じっさいは、スキー好きの彼氏はできず
そんな機会はなかったんですけどもねー。
投稿を読んでそんなことを思い出しました。

でも、なぜお姉さんは
「さよなら」をかけていたのかが
気になりますね。
歌詞の「君が小さく見える」というところが
すごく悲しくて、いいです。

(このは)さん、
なんて素敵なステージを観たんだろう!
舞台をどんなにたくさん観ても
そんなシーン、ぜったいにお目にかかれませんよ。
しかも、ほんとうはいないはずの観客に、
なっちゃったなんて‥‥!
そのお姉さんもきっといまでも
(このは)さんのこと、
おぼえている気がするなあ。

「さよなら」をお姉さんが聴いていた謎は、
あんがい、「オフコース
(あるいは小田和正さん)が好き」で、
「それが大ヒットしていた」から、じゃないかなあ?
恋愛うまくいってGOGOGOなときでも
いつか来るかも知れない別離を思って
せつなくあまーい気持ちになる、なんていうのも、
恋歌の副作用のひとつですもんね。

いつもいただく投稿とは、
カメラが別な場所にあることがとても印象的でした。

小学校6年生の、視線。

このカメラの位置が、
なんとも幻想的ですばらしい効果を
文章におよぼしていると感じました。
もちろん(このは)さんは、
「効果」のことなど考えず
記憶をそのまま記してくださったのだと思いますけれど。

「お酒の飲みすぎで入院することになった」
そのお姉さんは、
どういう気持ちで入院生活を送っていたのでしょう‥‥。
そのお姉さんが話してくれる、
オフコースの『さよなら』にまつわる、
入院と恋の思い出も、聞いてみたいです。

ちなみにぼくの「リアルな恋を初目撃」は、
中学1年生のときでした。
家庭教師の大学生のお姉さんが、
「あのね山下くん、わたし失恋をしたの」と
勉強を教えてくれている最中に
ぽろぽろと泣き出したのです。
声を出して泣いていました。
‥‥あれは強烈な体験だったなぁ。

みなさんの投稿、引き続きお待ちしています。
次は土曜日にお会いしましょう。

 

2012-07-04-WED

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