『もしも雪なら』
 Dreams come true

 
2006年(平成18年)

 この恋は、1mmたりとも
 進めてはいけない恋なのです。
  (けしけし)
大人の方が 恋はせつない
はじめからかなわないことの方が多い
誰にも言えない 友達にだってこの想いは言えない

そのひとが、私の勤務する高校に赴任してきたのは、
3年前のことでした。
彼女は10歳年下で、私は先輩にあたります。
にっこり笑った笑顔が印象的で、
ひまわりみたいだな、と感じていました。
でも、あくまでも仕事上の同僚。
それ以上の感情は全くありませんでした。

私の心に変化が訪れたのは、1年前。
私は、彼女と仕事上のペアを組むことになりました。
自然に話す機会も増え、彼女の未熟な部分も、
それから真摯に仕事に臨む姿もよく見えるようになり、
人間的な魅力がグッと強まりました。

あるとき、彼女の受け持つクラスが
ハイキングに行くことになり、
その下見に二人で出掛けました。
朝から夕方まで一日中、二人きりで野山を歩きました。
もちろん仕事です。
でも、仕事の話しだけでは時間を持て余してしまいます。
プライベートな話しも織り交ぜながらの楽しい時間に、
なんだか高校生の初デートみたいだな、
とちょっとワクワクしていました。
もちろん仕事です。
それ以上の感情は持たないようにしているつもりでした。

下見が終わり、
日もとっぷり暮れた頃に職場に戻りました。
別れ際、彼女が私にこう言ったのです、
「今日は楽しかったです。」と。
私は冷静に、“それじゃ初デートみたいだよ、
このシーンでは「お疲れさまでした」でしょ。”
と先輩風を吹かせながら頭の中で囁いていました。

それでも、私の心のスイッチを入れるのには
十分すぎるセリフでした。
その一瞬の、
おそらく言い間違ったであろう彼女の言葉が、
頭の中でグルグルとリフレインします。
落ちてしまいました。

でも・・・。
この恋は、動かしてはいけない恋です。
私には、妻と息子がいます。
彼女にも、夫がいます。
この恋は、1mmたりとも進めてはいけない恋なのです。

今までだって気になる人はいました。
でも、妻や息子に罪悪感を
感じることはありませんでした。
きっと、女優さんやアイドル歌手にあこがれる気持ちと
大差なかったからでしょう。
でも今回は違いました。
止められない思いと罪悪感で心がいっぱいになりました。

職場ではいつも、
現役の高校生に囲まれて過ごします。
一番キラキラしている年代です。
恋の悩みもたくさん聞きます。
心から、この子たちを羨ましいと思いました。
恋がうまくいこうと破れようと、
ともかく、もがいて動くことができる。
でも私の恋はじっとしているだけです。
絶対に動けない。
いつも聴いていたドリカムのこの曲に、
こんなフレーズがあることに初めて気がつきました。
“大人の方が 恋はせつない”

動いた瞬間にすべてが壊れます。
恋がうまくいこうか破れようが、
私だけでなく、何人もの人が不幸になります。
絶対にダメです。
私と彼女は、これからもずっと
一緒に仕事をしていきます。
妻よりも多くの時間を一緒に過ごします。
同僚以外の関係はあり得ません。

彼女に出会えたことは、本当に幸せでした。
妻と結婚して10年近くたつ私の心に、
こんなキラキラする気持ちが眠っていたことを
教えてくれました。ありがとう。

この恋の行く先はただひとつです。
この曲の終わりにそれが書いてあります。
“この想いはもうこのまま 溶けて消えてくだけ”
はやく消えて欲しいと切に願っています。

(けしけし)

先生だって恋をする、
ということがわかったのは
ずいぶん大人になってからのことでした。
考えてみたら当たり前で、
先生同士の結婚だって
そんなに珍しいものじゃないんですよね。
でも生徒の前では、先生は「模範の大人」。
そんな先生が自分たちとおんなじように
ドキドキしたり悲しんだりしているなんて
想像もできなかった。
ましてや「けしけし」さんのおかれた状況は
誰にも気づかれちゃいけないわけで、
「はやく消えて欲しいと切に願」う恋。
‥‥ハァ‥‥(ため息)‥‥つらいだろうなあ。

大人になった生徒として言うと、
(けしけし)さんも、
(けしけし)さんが好きになった同僚の先生も、
すばらしい先生なんだと思います。
こんなに深い思いやかなしみをかかえている先生なら
生徒たちの悩みを聞いたり、
行く先を照らすことが、きっと、できるんだと思います。
そういう先生に出会いたかったなー。

ある意味、生々しさという点では過去最高ではないかと、
個人的にそう思える投稿でした。
(けしけし)さんの、このやるせない恋は
たぶんいま現在も引き続きなわけで‥‥。
諦めきれないのに、諦めなくちゃならない‥‥
胸をしめつけるその切なさが、
強い臨場感で伝わってきます。

学校の先生ですから
文章がすばらしいのは当然なのかもしれません。
それにしても、です。
練り込まれている、と思いました。
何度も何度もくり返し考え続けてきた、
その切なさの証として、
この投稿がここにあるように感じます。

きつい‥‥でも、しょうがない!
ね、(けしけし)さん、しょうがない。
あなたが近しい友人ならば、
1ミリも動かしちゃだめだよとおせっかいを言うでしょう。
優等生な考えですが、そう思います。
何度かここで言ったセリフを、おせっかいに記します。
「どうぞ、そのまま」

それにしても、
今回の「My恋歌ポイント」はすごいですね。
「恋歌くちずさみ委員会」のテーマのようなフレーズです。

♪誰にも言えない 友達にだってこの想いは言えない

そんな投稿ばかりです、ほんとうに。

このコーナーへ送られてくる投稿は、
多くは過ぎた日の恋の思い出ですが、
ときおり、恋の思い出の輪郭を持たせつつも、
それに留まらない内容を含ませたものがあります。

たとえば、ちょっとだけ、
また会えるかもしれない、また会いたい、
と期待を込めたような投稿。
ふたりだけにわかるサインを忍ばせてあるような投稿。
過去の過ちを懺悔するような投稿。
自分の気持ちを整理するような投稿。
先日掲載した投稿には、
いまいっしょにいる旦那さんへ、
ありがとうとお礼を伝えた投稿がありましたっけ。

そして、これは、激しく自己を律する投稿。
走り出しそうになる自分が自覚できるからこそ、
絶対に動かないぞ、動かさないぞと
世界へ向かって宣誓するような投稿。
なんだか、ちょっと泣けます。

いろんな体裁を超えて誰かのことを
たしかに好きだという気持ちは、
しばしば、それを抑止する理性よりも
純粋であるように語られます。
それが逆だというつもりはありません。
けれども、好きだという気持ちを
どうにかして抑えようとする強い誠実さも、
ぼくはとっても
純粋なものじゃないかなあと思います。

Dreams come trueの歌は
この「恋歌くちずさみ委員会」を通じて
よく知るようになった音楽のひとつです。
うーむ。
どんな種類の話であっても、
問題が大きかろうが小さかろうが、
誰しもが墓場まで持っていくことって
あるのかもしれません。

幼い頃に考えていた大人は、
「もっと大人」だったんですけれども、
自分が大人の年代になったら
なんて子どものままなんだ、と思います。
これ、ほんとうによく言われることですね。

けれど、わたしは思います。
大人は、だまっているんですね。
(大人っぽい子どもも、だまっています)
それをただ「えらいね」と言うつもりはないけど、
沈黙に隠されている想いのぶんだけ
その人は豊かなのではないでしょうか。

吉本隆明さん
言葉は沈黙だ、とおっしゃっていたことを
また、思い出しました。

「君らは若いんだから、なんにでも
 ぶつかっていけよ」
と言ってくれていた先生の言葉が、
なんにでもぶつかれないからなんだ、と気づくのに
わたしもそうとう時間がかかってしまいました。

‥‥くちずさみましょう!
みなさまの恋歌、お待ちしております。

 

2012-09-19-WED

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