この感覚、この気持ちを久しぶりに思い出しました。
思春期の胸の高なりと、
そして、
同時期におとずれた理不尽なまでの現実の嵐。
いわゆる「家庭の事情」というものを抱えた子ども。
それはすくなくない数、いました。自分も含めて。
現在もそれはもちろんあることなのでしょうが、
昭和の頃の「家庭の事情」はもっと‥‥
こう、なんというか全体的に、
暴力的に理不尽だった印象があります。
あの頃、ぼくが心のバランスをとれていた理由は、
音楽と読書と、
なんといっても友だちの存在でした。
現実の嵐が吹き荒れた次の日でも、
他愛のないことでお腹を抱えて笑い転げたり、
好きな女の子の話をずーっとしていたり‥‥。
ある日のこと、
家庭で嵐が吹いた翌日にぼくは
学校へ弁当を持っていけなかったことがありました。
お昼休みは、仕方がないから机で寝たふり。
友だちが、
弁当箱のフタにシウマイをひとつのせて
となりの席に渡しました。
アルマイトのフタは、教室を一周してぼくの席へ。
いろんな食べものでいっぱいになった
見た目の悪いそれをぼくは黙って食べました。
あれは、おいしかったなぁ。
我が家が夜逃げをしたのはその翌月のことでした。
‥‥また自分の話を、すみません。
このコンテンツは、
ほんとにいろいろな記憶を蘇らせてくれます。
あなたも、なにか思い出したなら、聞かせてください。
そのとき側にあった音楽といっしょに。
今回もほんとうにすばらしい投稿でした。
次は土曜日にお会いしましょう。