『最後の春休み』
 ハイ・ファイ・セット

1979年(昭和54年)
アルバム『閃光(フラッシュ)』収録曲

 私は部活で夏休みに
 教室にそっと行き、
 彼の机に座りました。
 (むーみん)

目立たなかった私となんて
交わした言葉数えるほど
アルファベットの名前順さえ
あなたはひどく離れてた

中学校2年の初恋の彼は
アルファベットでは同じ頭文字「K」でした。
だから、朝礼や、クラスの席順などが一緒で
やたら私の視界に入って来て、
なんだかやたら気になって、
いつのまにか好きになっていました。

でも引っ込み思案で恥ずかしがりの私は
遠くから見てるだけで、本当に話した事も数えるほど。

いつか仲の良い友達に
彼が郷ひろみに似てるねって言ったら、
「あのニキビだらけのイガグリ頭のどこが似てるのよ!」
とお腹抱えて笑われて‥‥それきり友達にも話す事はなく。
でも私には郷ひろみのように笑顔がキラキラ光って見えた。

歌では最後の春休みだったけれど、
私は部活で夏休みに教室にそっと行き、
彼の机に座りました。
机の中には、
掃除の時に頭に巻く薄汚れた手ぬぐいがひとつ。
彼の匂いがしました。
下駄箱には真っ黒になった上履きが残っていて、
私は何を思ったか、それを家まで持って帰り、
お風呂場でたわしでキレイに洗いました。
大きな足なんだなぁと思いながら。
その頃から尽くし型の片鱗が見えておかしい。

干す時になって、母にばれたらまずい!と気がつき、
自分の部屋のベランダの外にそっとたてかけましたが
その存在感の大きさから目を離すことが出来ず、
夏の強い陽射しの中で、
みるみるうちにカラッと乾いて行く上履きを
蝉の声を聞きながら眺めていました。

翌日の朝、まだ部活動の練習も始まる前に
下駄箱にそっと戻して来ました。
新学期になった時、彼は気がついてくれるだろうかと
思っただけで胸がドキドキしました。
もし気がついても、気持ち悪いとしか思わなかったろうに。
「僕の上履きを洗ってくれたのは誰?」と
シンデレラのガラスの靴を探す
王子様のように思っていたのかなぁ。

新学期が始まり、真っ白の上履きを履いた彼は
いつも通り、
郷ひろみによく似た顔で元気に笑っていました。
もしもじっと見て、目が合ったらバレてしまうから
必死に冷静を装って。

彼の匂いの染みこんだ手ぬぐいは、洗うことが出来ず、
机に戻すことも出来ず、
何十年か経った今も、
多分押し入れのどこかで眠っています。

毎年、夏が終わる頃に思い出す、
ちょっとせつなくておかしい想い出です。
(むーみん)

彼の手ぬぐいをずっと持っていたり、
そっと上履きを洗って戻したり。
笑われるような行為かもしれないけれど‥‥
切なく愛おしい気持ちでぼくは、
このエピソードを読ませていただきました。
中学2年の初恋です。
胸の中で燃え上がるわけのわからない何かを
どういう行動につなげればいいのか、
そんなの、どうしたらいいのか、
なにがなにやらわからないですよね。

そとは夏休みの強い日差し。
ベランダに干した白い上履きを
部屋の中から見つめる女の子。
たぶん、扇風機。
かたわらには、もしかしたらカルピス。
汗ばむ肌。
蝉の声。
「なんでこんなことしてるんだろ?」
と、ちょっと思う女の子。
でもやっぱり、心はずっとドキドキ‥‥。

という時間経過の部分がとても好きです。
いいなぁ、いい時間。

夏って‥‥もう、夏というだけで、
夏という季節を思うだけで、
なんだかもう、切ないです。

私も、どうやら昔から
友達に「あの人のどこがいいの?」と
ツッコまれるような人に
恋をしていたようです。

まわりの同意は得られないけど、
郷ひろみみたいに
見えちゃうんですよね。

それはきっと、
みんなから「かっこいい」と思われている男子の
お人柄よりも、
ちょっとオツな見栄えの
オツな性格や習性からにじみ出る
光のようなものが好きで
それをキャッチして「かっこいい!!」という
気持ちになるからではないでしょうか。

いきなりうわばきがきれいになってて、
びっくりしただろうなぁ、彼。
けど、あんがい深く考えなかったかもしれない。
「先生が見かねて洗ってくれたのかな」とかね。
「怒られるとやっかいだから黙っとこう」とかね。
そういう、かんぐらない、素直な性格の
彼のような気がします。

いたよなぁ、そういう男の子。
ものを浅くしか考えない、まっすぐな明るい子。
いいなぁ、中学時代。

すごいなあ、男子がこっそり
縦笛を‥‥みたいな話はきくけど
(↑目撃したこともやったこともないですが)、
女の子はそういう行動にでるんだ!!
そして中2の女の子が
よごれた手ぬぐいの彼の匂いや
大きな真っ黒な上履きを
そんなにいとおしく思っていたなんて。
‥‥やっぱり女の子は、
はやくおとなになるんですね。

郷ひろみに見えた件は、スガノに同意。
テレビから伝わるあのものすごいキラキラと
(当時の新御三家のキラキラは
 そりゃあもうすごいもんだったんですよ)
彼がクラスの中で放つキラキラが
きっとシンクロしたんですよね。

ところで「最後の春休み」!
いい詞、いい曲。
長い長い廊下が目にうかぶようです。
山本潤子さん(ハイ・ファイ・セット)もいいんだけど
ユーミンの声もまたいいんですよ。
ユーミン版はアルバム『OLIVE』で
聴くことができますよー。

すごく好きです、この投稿。
ちょっとフェチっぽい行動とか、
手ぬぐいをまだ持ってるかもしれないところとか、
そういう、ひやっとするところを、
大胆さのかけらもないはずの女の子が
ふらっとやっているところが
全体の刹那性とあいまって、
とってもかけがえのないものに思えます。
それこそ、中2の夏休みみたいに。

そういうひやっとすることは特別ではなくて、
十代のころ、なにかしらやっていたと思うんです。
物理的になにかを手に取ったりしなくても、
たとえば、夜中に自転車で
大好きな女の子の家のそばまで行って
ちらっと窓の灯りを眺めて帰ってきたり、
偶然貸し借りしたようなものに
どうしようもないかけがえのなさを感じたり。
友だちにつき合って、その友だちが大好きな女の子の
部屋の灯りが遠くに見える公園のベンチに座って
夜が更けるまでずっと話し合ったこともあったなぁ。

当時は「ストーカー」なんてことばはなかったけど、
もしも、いまのようにそういう行為が
犯罪に結びつくものとして語られていたりしたら、
ぼくらはあのひやっとするような振る舞いを
ためらったのでしょうか。

もちろん、つきまとったり
迷惑をかけたりするのとは明らかに違う、
もっともっと静かなものだったんですけれどね。

春を待つ寒い日に、
真夏の空気を感じさせるような投稿を
ありがとうございました。

どの季節のどんな思い出でも
どうぞお気軽にお寄せください。
それでは。

2013-03-02-SAT

最新のページへ
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN