『彼女はデリケート』
 佐野元春

 
1982年(昭和57年)

わたしにとって
あのひとときは
掛け値なしにたからもの
 (くろまる)

Woo Baby お前ぐらいなものさ
陽気に誰かの心を傷つける
And it makes me down

ときは20世紀もあと10年ちょいで終わりって頃。
場所は関西、いかにも都会で
アメリカっぽい校風のミッション系大学の一角と思いねぇ。

地元自営業の社長の坊ちゃん嬢ちゃんが通うような、
時計台や芝生がまぶしいキャンパス。
わたしは生粋のサラリーマン家庭から
ちょっと背伸びして通ってる大学2年生。
それでも、思えば末っ子で何不自由なく育てられ、
たいていの望みは叶えられ、曇りひとつない毎日でした。

大学1年目は何もかも新鮮で、
真面目に勉強して、友だちができて、アルバイトも始めた。
2年生の春。彼と学内で出会いました。
彼はひとつ学年が下、
やっぱり自宅から通うこっちは本当にお坊ちゃん。
姉妹ばかりの末っ子長男、
見るからに人好きするルックスと、
すこやかそのものな性格と、
周りにいる人をみんな笑顔にするような話し方。
すぐ気が合って、わたしは少しお姉さんぶって、
でも実は甘え放題甘えん坊させてもらいながら
毎日ふたりで姉弟のようにいっしょにすごし、
気がついたらすっかり公認の仲でした。

将来とか卒業や就職ということばも、
深刻になったり離れるきっかけなんかにならないし
彼の前ではなにひとつ
ネガティブな気持ちになることなんかなく、
会っては大笑い、ちょっとけんかしてはすぐ仲直り。
ふたりで出かけたり、勉強したり、
それぞれの友だちともすぐなかよくなった。
いっつも自宅が遠いわたしの都合にあわせてくれたり、
送ってくれたり、迎えに来てくれたり。

お姉さんぶってるくせに、
わたしはずいぶん甘えん坊だった気がします。
阪神間のいろいろな街角で歩いたり、
六甲山をドライブしたり。
コンサートや芝居、寄席、本を選びっこ。
けっこういっしょうけんめい勉強をしたり。
そこそこ真面目なところもうまが合う。
いっつも彼は笑顔、おもしろいことを探していて、
いやな顔って見たことがない。
車ではお気に入りの佐野元春をよく流して、
二人で大声で歌いました。
佐野元春の「HAPPY MAN」を聞くと
「これは俺のことやな」といつも言っていたっけ。
弱虫ですぐ泣くわたしを笑わせてくれるのも彼。

それでも、なぜか道が分かれました。
会わなくなった理由は今も見つかりません。
大好きなふたりがいっしょに過ごして、
それぞれおとなになってしまっただけなのか。
今も、彼のことを思い出すときは
笑顔しか浮かばない。思い出してるわたしも笑顔。
でも彼は、そうじゃないのかもしれないなと
思うようになりました。

少しお姉さんぶっていたけど
わたしはわかっちゃないへなちょこな子供だった。
なにをするにもテンポが合って、
笑い合える彼と過ごしてるとき、
彼を傷つけようとか思ったことはぜんぜんなかったし
とくべつな存在と思っていたけど、
今のことも将来のことも真剣に考えず、
今日の続きの明日が永遠に続く気がしてた。
もしかしたらこの歌のくだりにあったように、
陽気に誰かの心を駄目にしていたのかも。

それに思い当たったのはずいぶんあと。
彼は世界を飛び回る商社マンを経て社長さんになり、
お子さんにも恵まれて
「HAPPY MAN」としての毎日を送っていると聞いてます。
わたしも、夫と
「うーん、今がいちばんしあわせ」と思う日々。
昔に戻りたいと思ったことは一度もないけれど、
わたしにとってあのひとときは掛け値なしにたからもの。
今となってはそれが恋かどうか、なんてもう、いい。
ただ、たいせつだった。

(くろまる)

たぶん、同じ事実を、
暗くも重くも語れるのだと思います。
あるいは、とりたてて心に残らないような
薄いエピソードとして表すことも。

しかし、いただいた投稿は、
とっても瑞々しくて、鮮やかです。
なんというか、カラッとしています。

たぶん、軽快な文体と、
個々の鮮やかな描写と、
最後のブロックに訪れる大きな肯定と、
そしてなにより、
さっきから頭の中でずっと鳴ってる
佐野さんの『彼女はデリケート』が
(あるいは『HAPPY MAN』が)、
この思い出全体を生き生きとしたものに
してくれているのだと思います。

「昔に戻りたいと思ったことは
 一度もないけれど、
 わたしにとってあのひとときは
 掛け値なしにたからもの」

うーん、気持ちのいい断言です。
ちょっと、『No Damage』聴いてきます。

うわあ、ぼくの知らない阪神間キッズ
(村上春樹さんのエッセイにそう書いてあった)の恋物語だ!
声のきれいな関西ことばの女性に朗読してほしいなあ。

「今となってはそれが恋かどうか、なんてもう、いい。
 ただ、たいせつだった。」

じわーん。たいせつな思い出に、
名前をつけてしまっておく必要はないですもんね。
そして、あえて誰かに言う必要も、
きっとほんとうはないであろう、
(くろまる)さんと彼のたいせつな思い出を
こうして投稿くださったこと、感謝します。

なになに、この、
ぜんたいてきな明るさは!
おふたりとも、いまが幸せで、
むかしもたいせつ。
「HAPPY MAN」と「HAPPY WOMAN」やないですか。

「そこそこ真面目なところもうまが合う」の
うま、ってなんなんでしょうね。
好きだから、興味を持って
理解が早いためにうまが合うのか、
うまが合うから好きなのか。
前進の早いカップルは
それがつぎつぎにスパイラルのようになって
ふたりで一気にのぼっていく高揚感がありますね。

佐野元春さんは、あまり聴かないで育ってしまった私。
「恋歌くちずさみ委員会」で、
たくさんのいい歌、教えてもらってます。
そして今回も。ありがとうございます。

ほんと!
五月晴れのようなカラッとした投稿。

「誰かと誰かが仲がいい」というお話を、
この場所で読ませていただくのは
たいへん気持ちがいいものです。

こうしている今も、世界中で恋人たちは明るく仲よく!
そう思うだけでうれしくなりますよ。
まあ、そりゃね、
「恋愛は楽しいことだけじゃない」
と言われればその通りだと思います。
「仲よしこよしだけじゃダメだよ」
とご意見をいただけば、あやふやにうなずくかもしれません。
でもやっぱり、
子犬のようにはしゃぎ合う明るい恋人たちは
サイコーだと思います。
「仲よくするために恋をするのだ」と思いたい。
友だちになることと、同じ。

佐野元春さん、大好きです。
最近のご活動も、ずっとカッコイイ。
ぼくも、『No Damage』を聴いてきます。

それではー。
次は土曜日にお会いしましょう。

 

2013-05-08-WED

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