『カントリー・ロード』
 本名陽子

 
1995年(平成7年)

25年たっても
祖母に恋をしているんだ、
とおもいました。  
(ずっと いつも 
     ありがとう)

帰りたい 帰れない
さよなら カントリー・ロード

去年、わたしの祖父が死にました。
2人の娘と4人の孫をのこしていきました。
祖父に“奥さん”はいません。
祖父の奥さん、わたしの祖母は
わたしが小さかった頃、
ある日とつぜんの大大大恋愛をし
夫も娘も孫も住んでいた家も暮らしも
ぜんぶぜんぶ、ぜーんぶ置いて出ていきました。
のこった祖父はとても驚いて
これから2人で暮らしてゆくはずだった
老後の人生を一人で過ごすことになりました。

それから25年がたち、
去年、祖父が死にました。
さいごの1年間、入院生活だった祖父のもとに
祖母がお見舞いにきました。
25年ぶりの再会するふたり。
祖父はなんて言うだろう。
とつぜん出て行ったことを怒るだろうか。
それとも寂しかったと言うのだろうか。
どれだけ暗くて長くてつらい毎日だったのかを
説明するのだろうか。
それとも、それとも∞
いろいろ考えたわたしの予想は
どれもハズレでした。

祖母をみた祖父は
「あいかわらず、きれいなあ」
とても嬉しそうにいいました。
ほんとうに、うれしそうに。
25年たっても祖母に恋をしているんだ、
とおもいました。

祖父のお葬式に祖母がきてくれました。
お葬式では、わたしが小学生のころ、
祖父に買ってもらった
「カントリー・ロード」のCDを流しました。
わんわん泣きました。
祖母は泣かずに、きれいでした。
祖父はきっと、それが、いちばん、うれしいから。

祖父の住んでいた広くて淋しい家は
取り壊しになりました。
わたしは祖父の寝室に飾ってあった絵をもらいました。
背中を向けてごろんと昼寝している、祖母の絵。
かつて夫婦だったころ、祖父が描いたものでした。
ずっとずっと、すごくだいじ、だったんだね。

だれとも一生結婚したくない、
と言い張るわたしに祖父はいいました。

「たとえ別れても、離れても、
 結婚ってええもんやよ。
 せっかくやし1回くらい、してみたら」

(ずっと いつも ありがとう)

まいった。まいりました。
こういう話、よわいです。

「こういうことが、あった」
と、それだけで十分です。

愛する、という、
人の心の、なんと強いことか。

それは、出ていったおばあさんにも、
ずっと愛していたおじいさんにも、
同じように、思います。

そんなに深く、誰かを愛するって、
じぶんには、あるのかなあ‥‥
なんて考えても、しかたがないか。

「カントリー・ロード」は
1971年の、ジョン・デンバーのヒット曲。
『Take Me Home, Country Roads』
という原題です。

この、本名陽子さんバージョンは、
スタジオジブリの映画「耳をすませば」の
主題歌に起用されました。
宮崎駿さんが訳詞に参加しています。

もう、なんにも言えないですね、
たしかに、これは。
さっきから、読み直しながら、
「自分だったらどうだろう」と
登場人物に自分を重ねてみたりするんですが、
うーーん、想像すら、うまくできません。

思うのは、やはりおじいさんの25年のこと。
長いなぁ、それは。
いや、長くなかったのかな?
悲しい側面だってたっぷりあると思うんですけど、
そんなムードは一片も感じさせない。

それは、なんでしょう、おじいさんのなかで、
すっかり精算が終わっていて、
その清々しさが伝わってくるからかなあ。
なにしろ、すてきなおじいさんですね。
この話を届けていただき、
ありがとうございました。

関係ない話ですけど、
きれいな人に、
ずっときれいでいてほしいという気持ち、
性別を超えて、ありますよね?

おじいさんもすごいけど
おばあさんもすごいなぁ。
孫ができる年になってから、
ぜんぶぜんぶ、ぜーんぶ置いて出ていったんですよね。
その大大大恋愛ぶりを見ていたから
おじいさんにも感じるところがあったのでしょうか。

別れてからの25年も長いけど、
別れるまでの数十年も長いから、
日々をとびこえるように
ふたりは深いむすびつきを持っていたのかもしれない。

別の場所にいったおばあさんも
そんなに平坦な道を歩んだとは思えません。
別れた夫に
「結婚ってええもんやよ」
といわせるほどの、きれいなおばあさん‥‥。

そして、おじいさんは、まわりを見まわさずに
自分の素直な気持ちのまま
周囲の人たちをまっすぐに
大事にして生きた方のような気が
勝手にいたします。

この投稿そのものが、とてもきれいでした。

25年、想い続け、考え続け、
その人への感情を練り込んでいくと、
こんなに純粋な結晶みたいなものが残るのでしょうか。
‥‥いや、だれもがそうではないのでしょう。
やっぱり、こちらのお祖父様がすばらしい。
おふたりともすてきです。

ほんとにもう‥‥
「こういうことが、あった」
で十分なんですよねー。

すばらしい投稿です、何度でもお読みください。

みなさまの投稿、お待ちしています。
またお会いしましょう!

 

2013-05-15-WED

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