『幸福論』
 椎名林檎

 
1998年(平成10年)

 そして、歌詞が
 ずばばばばっと
自分の中に入ってきたのでした。
 (リトル・ミィ)

本当のしあわせは目に映らずに
案外傍にあって気付かずにいたのですが
かじかむ指の求めるものが
見慣れたその手だったと知って

現在29歳の私がまだ高校2年だった頃。
とても大好きな男の子がいました。
その彼とは3年間同じクラスで出席番号も前後。
何度も隣の席や前後の席になりました。
仲良くなるにつれ、もしかしたら両想いかもしれない‥‥
と思い始めるようになっていたけれど、
なかなか勇気が出ませんでした。
せっかく仲良くなれたのに
関係を壊したくなかったのかもしれません。

その頃大好きで聴いていた『幸福論』の歌詞は、
付き合えなくても彼の側で笑っていることが
私の幸せだ、
と暗示するようにしか響いていませんでした。

とうとう卒業するまで告白できずにいた私が、
卒業式のあとに 一つだけお願いしました。
2ショットで写真を撮ってもらうこと。
その写真と思い出だけを大事に持ち、
別々の大学へと進学しました。
  
彼のことが忘れられないまま過ごす学生生活。
アルバイト先で、ある男の子と出会いました。
少し気になりはじめていたし、
彼からも食事に誘われるようになりました。
なのに、高校時代の彼が忘れられない私は
のらりくらりとかわしてしまい、
その彼は別の女の子と付き合ってしまいました。
私にはやっぱり高校時代の彼しかいない。
そう自分に言い聞かせました。
 
そんな大学3年の1月。
高校の同窓会に参加することに。
私はこれが最後のチャンスだと思いました。
同窓会が終わった後に彼を呼び出し、告白‥‥。
見事にふられてしまいました。
涙はたくさん出たけれど、
どこかでホっとしている自分もいました。
ようやく次に進むことができる、と。
   
それから社会人になった私は、いくつか恋もしました。
でもなかなか本気になることはできません。

もう二度と恋はできないかもしれない、
とさえ思っていたある日、
アルバイトが一緒だった彼から連絡がありました。
彼からのデートの誘いにはじめて
「うん」と言いました。
デートを重ねていくなかで、
彼は私のことを結局諦めきれず
何年もくすぶっていたことを知りました。
自分のことを思い続けてくれる人に
ようやく気付いたのでした。

デートの時にたまたま車の中のラジオで流れた
『幸福論』を久しぶりに聴いた瞬間、
隣にいる彼の手を凝視してしまいました。
そして歌詞がずばばばばっと
自分の中に入ってきたのでした。

アルバイト先で知り合った彼は3年前から私の夫です。
高校時代の片思いの彼もつい最近結婚したと
風の噂で知りました。

(リトル・ミィ)

わー、わかるわー。

ずーっと好きな人がいる。でも、
自分のなかで像がずれてしまっているのか、
なかなかうまくいかない。

しかし、ずーっと思われていた人のふところに
ふとしたきっかけで入ってしまうことがある。
そして、気づくのです。

とびこむのは、この手だったんだ!

本当のしあわせ、
時の流れと空の色に何も望みはしない様に。
『幸福論』は林檎さんのデビュー曲なんですね。
聞き直しましたが、やっぱり大好きです。

何度も聴いていたはずの曲、
ずっと聴き続けてきた曲が、
なにかの拍子に
「歌詞がずばばばばっと
 自分の中に入って」くる。
ありますよー。
「あ、そうか」って、
不思議になるくらい、あっさり、
すべてが腑に落ちる瞬間が。
そしてそれは、
たぶん根本的にというか、
かなりドラスティックな変化が、
じぶんのなかで起きたことの
副作用みたいなものじゃないかなあと。
もちろん、そんなに
しょっちゅうあることじゃないけれど。

椎名林檎さんの歌詞は
詩として読んでも
深みや味わいがありますね。
いまだにちゃんと聴いたことがないのが
やっぱりもったいないなあ。

「手」って、恋愛において、
すごく重要な要素ですよね。
「顔」や「声」はもちろんだけど、
「手」でその人を憶えていたり、
「手」がその人を象徴していたり、
ということがあるように思います。

椎名林檎さんのこの歌は、
「君」を好きな主人公が
好きであるがゆえに
「君」という価値を「守ります」と
強く宣言することに、
「こんな愛情表現があるんだなあ」と
はじめて聴いたとき、衝撃を受けました。

何度も聴いているのに、
時折、また聴き返してしまう、
自分にとっての魔法の一曲です。

そうか、デビュー曲でしたか。
つよく残っている一曲です。
椎名林檎さんはそのままずーっといまも刺激的。
アルバムを聴き続けているアーティストのひとりです。

(リトル・ミィ)さんの投稿には、もう、
「いろいろあったけどよかったですねぇ」
というお祝いの気持ちですよ。
よかったよかった。
とくに祝福したいのは、アルバイト先で知り合った彼。
ずーっと好きだったんですものねー。
よかったね、彼。おめでとう!
「アルバイト先の彼」にしてみれば、
積年の想いが届くハッピーエンドの物語。
その彼(というかご主人ですね)に
インタビューをしてみたくなります。

ご紹介したい投稿はまだまだあります。
ただいま怒涛の毎日更新期間!
またあした、お会いしましょう。

 

2013-05-27-MON

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