『生涯の恋人』
 吉田美和

 
1995年(平成7年)
 アルバム「beauty and harmony」収録曲

彼には本当の理由を
言えないまま
別れてほしいと
伝えただけでした。
  (プリメーラ)

あなたが人生を共に行く人と
きっと しあわせであるように

私と彼は学生時代の先輩・後輩で、
お互いが初めておつきあいした人でした。
免許を取ったばかりの彼の運転で
ドライブに行ったり、親に内緒で旅行したり、
就職活動も、遠距離恋愛も、少しの浮気も、
いろんなはじめてを一緒に経験して、
大人になっていきました。

彼は代々続く旧家のおぼっちゃんで、
育ちの良さや素直さ、
そこから来るやわらかい雰囲気にも惹かれ、
ちょっと頼りないところも
かわいらしく見えたものでした。

長い時間を過ごし、
結婚を前提とした会話も増えていきました。

私の方がひとつ年上だったので、
ある日ふと気になって彼に問いかけました
「私の方が年上って、
 お母様、嫌がられるんじゃない?」

彼は笑いながら答えました。
「ああ、嫌がるだろうなあ。
 母は普通が好きな人だから」

時間が止まる経験を初めてしました。
もうずいぶん前のことなのですが、
今でもその時の小さな川沿いの道を
彼の車が滑るように進んでいく様子が
はっきり目に浮かびます。

笑顔を作って「そうよね、普通そうよね」と
返しましたが、
心の中では「今までお世話になりました」と
お礼とも別れとも言えない言葉が浮かんでいました。

結局このことが引き金になり
私の心は離れてしまったのですが
彼には本当の理由を言えないまま
「とにかく別れてほしい」と伝えただけでした。

彼は私の質問に素直に答えただけで、
傷つけるつもりも傷つけたつもりも
なかったと思います。

少し前に共通の友人から連絡があり、
来週末彼が結婚することを知りました。

そのことを聞いた時に
あの頃のままの彼の顔が頭に浮かび、
そして思ったことは
奥さん、年下かなあ?
でした。

あれから長い時間が経ったのに、
最初に思いついたのがその言葉って‥‥と
一人で苦笑いしました。

「あなたが人生を共に行く人と 
 きっとしあわせであるように」

あの頃から変わらずずっと
わたしの一番大好きな歌の
一番好きなフレーズを聴くと、
彼を思います。
自分の知らないところでひとりくらい
「あなたがしあわせであるように」って
願っている人がいるのも
わるくないんじゃないかなあ、と思っています。

(プリメーラ)

DREAMS COME TRUE、そして吉田美和さん。
この「恋歌くちずさみ委員会」に
寄せられるおたよりの数では、
最多なんじゃないかな? と勝手に思ってます。
今回の歌、わたくし知らなかったもので、
まずは歌詞を読んでみました。
もうたまらんね。仕事中に目で涙が盛り上がります。
こりゃ投稿多いわ。さすがです。

なんでもかんでも、あけっぴろげに
本当のことを言うなんてことは、ないですもんね。
「このことは一生伝えないんだろうな」
ということも、みなさま、ありましょう。
なんだろうそれ。なんで言わないんだろう?
言えなかったことがあるぶんだけ、
その人は豊かになるって
だれかが言ってましたっけ。

でも、そんなことが読めて、
一曲の調べにのせて「んだ、んだ」と
頷きあうことができるのが
この「恋歌くちずさみ委員会」です。

おたよりの最後に、追記で、
こんな文がしたためられていました。

「読んでくださってありがとうございます。
 20年分くらいの思いを書くことができて
 なんだかすっきりしました!
 本当にありがとうございました」

こちらこそ、ありがとうございました。
んだ、んだ。

生涯の恋人、かあ。
吉田美和さんもドリームズ・カム・トゥルーも
ほんとに知らないぼくですが、
この曲のタイトルにはドキッとしちゃいました。

そっか。
成就して、添い遂げる関係は、
夫であり妻であって、
もはや「恋人」とは呼ばれない。
「永遠の恋人」というのは、
パラドキシカルだけれど、
別れてしまったのにもかかわらず、
ずっと思い続けるひとのことなんだ。
(まあ、夫であり妻であり、永遠の恋人、
 というひとも、いるんだろうとも思うんですが。)

(プリメーラ)さんが、彼のしあわせを
祈っているように、
彼もきっと、(プリメーラ)さんのしあわせを
願っていると思います。
きっと。

みなさんの投稿を読むにつけ
つくづく思うのですが、
恋愛というのはまことにどこを切っても
当人どうしの問題であって、
常識的にこれが正しいとかそれはおかしいとか、
そういうものさしは意味がないんですね。

「母は嫌がるだろうなあ」のひと言が、
積み重ねてきた恋人の日々を
終わらせてしまうこともある。

また、同じことだけれども逆のことで、
何気ない、ありふれた、ふつうのことが、
激しい恋のきっかけに
なったりもするのでしょうね。

ふたりのあいだに横たわる
うっすらと積もったような違和感や
なんとなく共有する価値観が
そういう何気ないひと言に象徴されることで
はじめて形になったりするのかもしれません。

そして、
「自分の知らないところでひとりくらい
 『あなたがしあわせであるように』って
 願っている人がいるのも
 わるくないんじゃないかなあ」
というのは、とってもいい価値観ですね。
なんというか、マネしたくなりました。

引き金となったその言葉を耳にした瞬間の、
時間が止まる描写がなんだかいいです、とても。

川沿いの道を滑るように進む彼の車。

「なぜ特にそれを覚えているのか説明つかない景色」を
重大な出来事とセットで覚えている事例は、
ぼくの中にも経験としてあります。
「あのときやけに近所の子どもたちがはしゃいでたなぁ」
とか
「水たまりにあめんぼがいた」
とか。
いずれも、なんでもない景色です。
そういうのを覚えてるのってなぜなんでしょう。
「自分にとって大変なことが起きているのに、
 周囲ではいつもと変わらない時間が淡々と過ぎている」
その無力感みたいなものの象徴として
ありふれた景色がくっきりと残っているのかもしれません。

ドラマや映画で用いられる、
ストップモーションや
なんでもない景色をインサートする演出って、
誰しもそういう感覚の経験が「実際に」あるから、
効果的なのではないでしょうか。

んん? なんか、小難しいこと言ってます?
言ってますね、失礼しました。

(プリメーラ)さん、
ここに思い出を書いてくださってありがとうございます。
ほんとにねぇ、ありがたいことですよ。
みなさんが「よし、書こう」と思ってくださるから、
このコンテンツはまだまだ
ハイクオリティの投稿で続けられるわけで。

そんな投稿の名作を集めた文庫本と、
思い出の名曲をきらきらと並べたCDも
こちらで発売中です

次回の更新は、土曜日。
どうぞおたのしみに!

2013-07-10-WED

最新のページへ
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN