『HERO』
 Mr.Children

 
1996年(平成8年)

今までの人生で
出会った誰といるよりも
安心して、
ふわっと優しい気持ちになれた。
(ハナ)

人生をフルコースで深く味わうための
幾つものスパイスが誰もに用意されていて
時には苦かったり
渋く思うこともあるだろう
そして最後のデザートを笑って食べる
君の側に僕は居たい


教師をしています。
男性とおつきあいをしたことが
ないわけではないけれど、
ご縁に結びつかないまま気がつけばもうすぐ35才。

でも、この1年間で一生に一度の人と恋をしました。

人づきあいが少し苦手で、
人の前でなかなかくつろげない私が、
彼といると(今までの人生で出会った誰といるよりも)
ものすごく安心できた。
ふわっと優しい気持ちになって、
どれだけでもいっしょにいられるような気がした。
笑われるかもしれませんが、彼といるといつも、
懐かしいどこかに帰ってきたような気持ちに
なっていたのです。

どうしても好きで好きで、
ふられてもふられても彼への気持ちだけは消せなくて、
律儀にきっちり守った友達の距離から静かに、
だけど渾身の声を張り上げて
何か月もの間好きと言い続けて。

それに負けた彼がほんの少しだけ
振り向いてくれた短い時間、
私は死ぬほど幸せだったのです。
いいえ、今まででいちばん生きている気がしたのです。

お正月に2人で行った旅行。
雪が降って寒いのをいいことに、
誰の目も気にせずにぴったりくっついて歩いた。
寒がりの彼が細める目の、
その目尻の皺をものすごく近くで見ていた。

いっしょにいられて幸せだった1月、
少しずつ会えなくなった2月、
お別れをした3月。

バツイチで、ずっと
「人を好きになるのがこわい」と言っていた彼に
突然好きな人ができたのだそうです。

このままずっとそばにいれば、
好きになってもらえる気がしていた。
私はどこにも行かないということを、
裏切らない人間がちゃんといるということを
そばで静かに証明し続けたかった。
私が彼のそばにいてずっと安心できていたように、
私も彼を安心させてあげたかった。

だけど、そうなれなかったのだから仕方ない。

日によって、彼を恨みそうになったり、
顔も知らない彼の好きな人を
恨みそうになったりもするけれど、
それでも総合するとやっぱり彼は
「しょうのない、いとおしい人」で。
彼を迷わせないように、
もう好きだとは言わないけれど、
やっぱり一生に一度の人だと、
もうここまで深く心を許せる人は、
心を深く深く震わせる人はいないと思うのです。

寒がりなところ、寂しがり屋なところ、
こわがりなところ、甘えん坊なところ、
ずるいところ、やわらかい声、くせのある短い髪、
少し猫背ぎみのきれいな背中、肩のほくろ、
柔軟剤の香り。
全部大好きだったし、まだ知らないどんなところも
好きになりたかった。

彼の好きなミスチルは、今はまだ苦しくて聴けません。

(ほんとは甘いものが大好きなくせに)
苦くて渋い思いをたくさん味わってきた
彼の人生のフルコースの最後のデザートを
いっしょに笑って、残さず笑って食べたかった。

今は、深いプールの底から
世界を見ているような気がします。
うす青い水を隔ててきらきらと
美しい世界を眩しく見上げているような。
ここは冷たくて、でも私は不思議と
とても静かな気持ちで。

毎日、生徒たちを見ながらぼんやりと思うのは、
どうかみんないい男に。いい女に。
どうかみんな幸せに。

水の中から世界を見上げながら、
あの人も笑っていてくれるといい。
そう思うのです。

(ハナ)

人生のデザートを
笑って食べる存在でいたいし、
できればどんなスパイスだって
いっしょに食べて乗り越えていきたい。
でも、それがかなわないのはしかたない。
彼の正直な気持はどうすることもできません。
せつない気持ちがひしひしと伝わる投稿でした。

いっしょにいて安心できる人を手放すのは
もったいないなぁ。
だけど、友人としての関係は
ながく続けることができると思います。
恋心を抱いたぶん、
忘れがたくなるのもそれはそれで嫌なので、
離れたほうがいいのかもしれませんが‥‥。

でも、恋だけが大事なんじゃないと
わたしは思います。

それから、彼は
「はじめて」の存在だったかもしれないけど
「一生に一度」ではないかもしれません。
もしかしたらすぐ近くに、もうひとり、
安心できる存在がいるかもしれませんよ〜。

読み終わって、ゆたかな気持ちになりました。
失恋の話なのになぜでしょうあたたかい。
まっすぐにひとりの人を
全身全霊で好きになったお話だからでしょうか。
お別れになってしまったのは残念だけれども、
いっしょにいられた1月とすこしのあいだの
天にものぼるようなうれしさは
(それが刹那である予感を感じつつも)、
くるくると舞い上がるように伝わってきました。

スガノさんがいうようにぼくも、
「一生に一度」ではないような気がします。
好きになる理由も、こころのざわめきかたも、
またちがう「次」がきっとあると思います。
ちゃんと出会える気がする。
どうしてそう思えるかというと、
こんなすてきな文章を書く方だから。
理由として十分だと思います。

それはそれとして、この3行!

「毎日、生徒たちを見ながらぼんやりと思うのは、
 どうかみんないい男に。いい女に。
 どうかみんな幸せに。」

いい先生なんだろうなぁ。

(ハナ)さん、がんばったねーっ!!
もう全力で体当たり、みたいなこと、
おそらく(ハナ)さんも得意なことじゃ、
なかったと思うんです。
けれどもその思い切った行動が、
ふたりの幸福な1月をつくったんですね。

この考え方は残酷かもしれないんだけれど
その後、彼に好きな人ができたのは、
(ハナ)さんとのことがあったからだと思う。
「人を好きになるのがこわい」彼を変えたのは、
ほかならぬ(ハナ)さんだったのだと思う。
(ハナ)さんは、すごいことをしたんだと思う。
とてもつらいことだけれど、
「好きになってもいいんだ」と、
彼のこころを変えることができたのは、
つまり、彼の人生をあかるいほうに進める、
その手助けをしたのは、(ハナ)さんだったのだと思う。

彼の人生において、とてもとても
だいじな役割を、はたしたんだと思う。

(ハナ)さん、
デザートが出てくるのは、まだまだ先ですよ。
ぼくもスガノが言うように
「一生に一度」じゃないと思います。ほんとに。

ところで、人生がフルコースっていいですね。
たしかに最期はうんと甘いデザートを食べたい。
そしてきりっとした苦いコーヒーの香りを
すぅっと吸い込んだあたりでエンディング、みたいな。
って、それに近い話、どっかで読んだな、
と思ったらこれでした。

こんなことを軽はずみに言ってはいけないし、
実際、自分はあんまり軽はずみに
こういうことを言わないのですが、
この方は、きちんと文章を
書いたほうがいいのではないでしょうか。

あ、もう、書かれている方かな。
だとしたら、失礼しました。

表現の力のある人が、
ほんとうの恋愛を通過すると、
こんなにも、人をひきつけるものが
できあがるのですね。

すみません、つらい経験なのだと思いますが、
まるごと素敵なものとして味わってしまいました。

よい文章だなあ。

さて、「恋歌くちずさみ委員会」、
みなさんの投稿をお待ちしています。
恋の思い出に、恋の歌を添えて、送ってください。

連載をまとめた
『恋歌、くちずさみながら。』という
文庫本もつくりました。
CDとのセットには、特典のお茶もついてます

いま、ちょうど、
酒井駒子さんの素敵なマグカップがもらえる
「冬のほぼ日ブックスフェア」もやってます。
どうぞ、お見逃しなく。

2013-12-11-WED

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