『メロディー』
 玉置浩二

 
1996年(平成8年)

彼女は「うれしい」と言って
満面の笑みをうかべていました。
 (未完成的愛)

あんなにも 好きだった
きみがいた この町に


数年前、20代の終わりに、3年間
上海近郊都市の工場に技術指導の立場で
一人で赴任していました。

現地には知っている日本人はいなくて、
休日も一人で過ごしていました。

そんなある日、街中を散歩している時、
話かけて来たのが彼女でした。

彼女は私が一度訪問した会社で働いていた人でしたが、
その会社とは関連が無くなっていたので
私は覚えていなかったけれど、彼女は覚えていて、
話かけて来たとの事でした。

近くの公園で話をしましたが、
私は赴任して間がなかったので、
ほとんど中国語は話せません。
彼女も日本語は単語を少し知っている程度だったので、
漢字を並べての筆談でした。

それでもお互い一生懸命相手に言葉を伝えようとし、
どれだけ伝わったかわかりませんでしたが、
でも楽しくて、私は赴任してから初めて
笑顔になった気がしました。

それからは週末に会って話をしたり、
食事をしたりしました。
週末が近づくと、今度はどんな話をしようかと考え、
必死で中国語を覚えました。
彼女もぜひ日本に行きたいという気持ちがあり、
日本語を勉強し上達しました。

私は初恋の頃の様に、
彼女と会って話をする事が楽しくて、
週末に会えると思うとどんなに煩雑な仕事も
苦にならず乗り越える事ができました。

数か月後、彼女は私を
住んでいるところに連れて行ってくれました。

住居は同郷の女性4人と一つの部屋に
一緒に住んでいて、
一人分のスペースはベッドと机だけのものでした。

故郷はそこからバスを乗り継ぎ12時間掛かるそうで、
同居人は、ほぼ同い年の会社員や大学生でした。

それから時々は彼女の部屋で語り合う事になりました。

古い建物だったので、冬は隙間風があり、
暖房の効きが悪く寒い部屋でした。
そんな時でも彼女と毛布にくるまって話し合う時間が
私にはとても大切な瞬間に感じました。

2年が過ぎた年の1月、私に秋に帰国するように
内示がありました。
私はその事を彼女に伝え、
一緒に日本に行ってほしいと言いました。

彼女は最初は驚いていましたが、
「うれしい」と言って満面の笑みをうかべていました。

ほどなく、中国は春節になりました。
地方から来ている人は故郷に帰ります。
彼女も故郷に帰って行きました。
帰る前日に会った時は、
「すぐにまた会えるよ。ぜひ来年
(中国は春節から新年が始まる)
 一緒に日本に行きたい」
と言って帰って行きました。

しかし、彼女は戻って来ませんでした。

その後彼女の姿を見ることはありませんでした。
使っていた携帯電話やメールも閉じられていました。
彼女の同居人に尋ねても
連絡が着かなくなっている様でした。

その年の秋に私は一人で帰国しました。
本来なら二人で帰国することを望んでいましたが‥‥。

あれから時が経ち、早く忘れて
次に進まなければいけないと思っています。

時々、彼女の事が思い出されますが‥‥。

(未完成的愛)

この投稿のメールの冒頭に
本文とは別に、このような書き添えがありました。

「突然の別れでしたが、
 当時の楽しい日々はこの歌を聴くと
 今でも思い出されます」

玉置浩二さんの『メロディー』、聴いてみました。
やぁ、涙が出ます。

この回で書いた、高校の先生のことを
思い出しました。
とつぜん引き裂かれたら、
しかも引き裂いた相手が何かわからなかったら、
どこに気持ちを訴えればよいかもわからなくて
途方に暮れると思います。

そうですよね、原因がわからない。
映画やドラマだったら、
彼女がいったいどうなったのか、
何が理由だったのか、
いまどうしているのか、
どんな気持ちでいるのか、
丁寧に描かれるところなのでしょうね。
でも現実はなにひとつ教えてくれない。
わからないから自分を責めるわけにもいかないし、
といってなにかに当ることもできない。
ただただ、つらいのだと思います。

そんななかで、この曲を聞くと
幸せな時間を思いだすことができる、
ということが、読んでるぼくにも救いでした。
音楽ってすごいなあ。ほんとにすごいなあ。

ああ、ドラマみたいだけど、
つくづく、現実の恋なのだなぁ、と思いました。
ドラマや映画なら、
彼女がいなくなる理由は
明確じゃないにしても、
かならず暗示されますものね。

わからないんだなぁ、
いなくなった理由は。

その終わりを理不尽と憤るのではなく、
静かに静かに受け止めてらっしゃることが
とても印象的でした。

 ♪メロディ〜〜 泣きながら〜〜〜〜〜

ぐぐぐぐーーーっと琴線に触れてくる艶やかな歌声。
しみいります。
玉置浩二さんは「切ない方面」のスペシャリストだと
ぼくは勝手に思っています。
切ない名曲がいっぱいですよ。激しいのもバラードも。

繰り返しの感想になりますが、
理由がわからない恋の終わり‥‥つらいですよね。
理由を知ったところでどうにもならないにしても、
やっぱり知りたいです、「なぜ」なのかを‥‥。

「うれしい」と言って満面の笑みをうかべていました。

この一行に、じんとしました。
人生はすばらしいと言える一行。
悲しい投稿ですが、その中にこの笑顔があったから、
「その恋をしてよかったですね!」
って言ってもいいのだと思いました。

スガノさんの先生の話も
あらためて読んでいいなぁ、と。
本当のことをちゃんと言える人ってかっこいいですね。

しかしまあ、名作投稿が次々と‥‥。
みなさんすばらしい。
発売から時間が経ちましたが本とCDもよろしければ。
何度読んでも、何度聴いても、いいですよ〜。
ではでは、次は土曜日に〜〜〜。

2014-02-05-SAT

最新のページへ
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN