『春一番』
 キャンディーズ

 
1976年(昭和51年)

こわばった、固い、
棒読みの台詞のようでした。
 (S)

もうすぐ春ですね
恋をしてみませんか




これは私の恋愛の話ではないのです。

それでも、私の恋の歌。

その日、私は雪山にいました。
大学のスキーの講義でした。

雪国出身で幼い頃からスキーを履いていた私は、
一念に技術を磨くことに専念し、楽しんでいました。

3泊4日の長い合宿です。
こんな私にも何か艶めいたことが起こるかもと、
淡い期待がなかったわけではありません。
でもそれ以上に、容姿や性格へのコンプレックスで
自分にばかり向き合っていた私が、
本当に誰かと恋に落ちるのはまだまだ先の話でした。

私は雪道を歩いていました。
スキーを担ぎ、スキー靴ですから、ゆっくり。
前の人も、後ろの人も。

ゆっくり歩きながら、ぼんやり後ろを歩く
男女の会話が聞こえて来ました。若い男女。
その当時でも、私より少し若いと感じたので、
大学の1回生、2回生だったのだろうと思います。

何気ない二人の会話に少し間があり、
女の子がこう切り出しました。

「もうすぐ春ですね。恋をしてみませんか。」

こわばった、固い、棒読みの台詞のようでした。

前を歩いていた私も、どきっとし、
でもそれを悟られないように、ゆっくり歩きます。

その歌のフレーズは知っていました。

しかし、それは私の父、母の世代の
アイドルの歌でした。

古い歌のそのフレーズが彼女の気持ちにぴ
ったりだったんだろうなあ、と、
その強ばった声から、幾度も心の中で繰り返して、
どうしても言おうと思っていたんだろうなー、と
一瞬の間にそう思いました。

雪のなかに溶け込んで、二人と私、
三人は時が止まったように静かになりました。

15秒ほどして、慌てて彼女が、
「ってね、いう歌があったんだよ〜。
 ちょっと昔の歌だけどねえ」

‥‥‥‥ああ、ああああ。

彼女の心の中の慟哭が聞こえるかのようでした。
明るい声でした。
私と彼女は雪の中で一体化して、
そこで数十秒前に振り絞った勇気を
無かったことにしてしまおうとしたのでした。

まだ彼の沈黙は続き、
しばらくして落ち着いた声が、こう言いました。

「それって、俺に言ったんじゃなくて?」

私は、もう少し聞いていたかったけど、
二人に最大限の敬意を払って、
足早に立ち去ることに決めました。
ものすごく、二人の顔を見たかったけど、
振り向くのを我慢して。

遠くから、少しだけ彼女の上気したような声が、
また何やら聞こえました。

私にとって、恋が始まる瞬間を目撃したのは
これが最初でした。
最大限に振り絞った勇気が正しく受け取られる瞬間を。

私は今でも人を好きになる度に、心の中で
「もうすぐ春ですね、恋をしてみませんか」
とつぶやきます。
あの二人がすごく格好良かったなーと思い出します。
勇気が必要な時に、思い出します。

(S)

3月1日、春です。
キャンディーズの『春一番』は
1976年の今日、発売されました。
7歳だった私はこの歌で
「春一番」ということばを知りました。

もうすぐ春ですね
恋をしてみませんか

真っ白な景色、雪の静寂のなかで発せられた
はっきりとした勇気と決意。
棒読みの彼女、
数十秒間の嵐のあとに真正面で受けた彼、
そして、それを胸に刻んだSさん、
3人の方々にしびれました。

それって、俺に言ったんじゃなくて?

新雪にドターン。鼻血。
それはもういっぺんほれてまうわ。

♪娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ〜
♪山男よく聞けよ 娘さんにゃ惚れるなよ〜
(『山男の歌』)
だったら、こういう展開にはならないですよね。
(なったらなったで、それは素敵なカップルですが)
『山賊の歌』でも『アルプス一万尺』でもだめですね。
『トロイカ』や『雪山讃歌』もむりですね。
やっぱりここは『春一番』じゃないと!
さすがキャンディーズ! CANDIES!
シーエーエヌディーアイイーエス!
ランです、ミキです、スーです!

「私の父、母の世代の
 アイドルの歌でした」というギャップも、
またよかったのかもしれません。
それにもし彼がそらんじて歌えるくらい
この曲を知ってて、
「知ってる知ってる〜、キャンディーズでしょ」
なんて会話になってたら、
こんな展開にはならないし。
そう、彼女にしてみても、賭けだったのでしょう。
だからこその、棒読み。
ああ、いいなあ。
山ぐにに積もり積もった雪も、
溶けそうやないかーい。

くしくも、東京はあたたかい日が続きました。
もうすぐ春ですね。

♪や〜ま〜は〜しろっがね〜〜
 あ〜さっひをあ〜び〜ぃ〜てぇ〜
 すーーべぇる〜スキぃの〜〜
 か〜ぜきる〜はぁぁやぁぁさ〜〜
(『スキー』)
すみません、つられて歌ってしまいました。

いやぁ、いい投稿ですねぇ。
とくに、足早に立ち去るところが好きです。
「恋が始まる瞬間」を
「最大限に振り絞った勇気が
 正しく受け取られる瞬間」を
表現しているところもいいです。

どうなったのかなぁ、この二人は。
もちろんぼくも振り向かずに
足早に立ち去りますけど、
気になりますよね、先の展開。

実際に「もうすぐ春ですね」ということもありますが、
キャンディーズの曲となると、
委員のみんなの活性がグンと上がっているように思います。
スガノさんは鼻血ブーだし、
武井さんは『山男の歌』をうたってるし、
永田さんもつられて『スキー』うたってるし。
やっぱりねー、
キャンディーズですからねー、
もうそれだけでぼくら、心の奥がキューンとなりますから。

そこにきて、この投稿内容。
すばらしい。
この視点でも恋の話ができるんですね。
意外でしたし、
なによりも、そう、素直に感動しました。
(S)さんの振る舞いと、
その出来事を通して感じられた気持ち、
ひっくるめて「いいなぁ〜」としびれる投稿でした。

しかしまぁ、
投稿者のみなさんの描写力がほんとにすごい。
何度かここで同じ感想を書いていますがまた書きます。
読んでいてその場の絵が浮かぶ投稿でした!

それでは、今回はこのあたりで。
次は水曜日にお会いしましょう。
最後にとうぜん、このことばを。

「もうすぐ春ですね。恋をしてみませんか。」

2014-03-01-SAT

最新のページへ
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN