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 『What a Wonderful World』
 ルイ・アームストロング

 
1968年(昭和43年)

彼みたいにストイックに
なれない私は、
もっと甘えていたかった。
(みちかぶら)

They're really saying, I LOVE YOU.


ミニカセットテープ式の、
古い留守番電話を再生する夢を見た。
私のアルバイトのことをとりとめなく話す、
昔の恋人の甘く低い声に耳を傾けて、切なく甘く目覚めた。

彼は、私が初めてお付き合いをした人だった。
彼は大学浪人で、私は高校二年生。
私はいっつも一緒にいたかったけれど、
彼はストイックに受験勉強をしていた。
それでも時折会えるときのとりとめない会話、
それから甘いキスと愛撫がうれしくて。
川沿いにあった高校の、帰り道の脇に入った土手で、
暗くなるまでくっついていた。

彼は一浪を経て第一希望の大学に受かり、
二人でsexをしたのはその後だった。
今思うと、彼の自制だったのだろう。
そして今度は私が高三、受験生。
彼の受験指導は厳しくて、
彼みたいにストイックになれない私は、
もっと甘えていたかった。

秋になっても受験に集中しない私は
彼に別れを告げられたけれど、
私は信じなかった。受験のせいなのだと、
終わったらまた会えるのだと、信じていた。

やっぱり現役では第一希望に合格できなくて。
予備校に通って一年間浪人生活をした。
その一年間の繰り返しの呪文は、
「Nさんに会いたいな」。
そう繰り返して、合格すれば会えると思っていた。
予備校友達からは
ストイックに勉強ばかりしていたといわれる私だけれど、
あんなに強く一人を恋していた時はなかった。
一日何十回呪文を唱えたことか。
あんなに強い思いを抱えていたことはなかった。

What a Wonderful Worldは、
彼が私に付き合いを申し込む前に、
ダビングしたカセットテープと便箋に
手書きの歌詞をつけてくれた曲。
I LOVE YOU の後ろについた赤いハートマークの意味に、
私はずっと後になって気づくのだけれど。

20年経って大好きな夫と娘と暮らしながらも、
忘れられない人です。

(みちかぶら)

「切なく甘く目覚めた。」という表現に、
のっけからクラクラ。
夢の中で増幅された多幸感を身にまといながら
いまの現実に戻っていく‥‥あの独特の切なさ‥‥。
その感覚の経験はぼくにもあります。
過去に強く強く、
それこそ呪文のように思ったことは、
どうしたって心に食い込むように残りますよね。

「What a Wonderful World」の歌詞は、
ストイックな彼にとっての
たどりつきかった世界だったんだろうなぁ。
歯を食いしばって目指した場所。
そしてできれば彼はその場所に、
(みちかぶら)さんと一緒に行きたかった‥‥。
‥‥勝手に想像してちょっと切なくなりました。

とはいえ、
現在の(みちかぶら)さんは大好きなご家族と幸せに。
Nさんもきっとどこかで、
最愛の人といっしょに
「What a Wonderful World」を感じているのではないかと。
これまた勝手に、そう思うのです。

ああ、あったあった、
ミニカセットテープの留守番電話。
私も一人暮らしのときに
使っていました。

エルトン・ジョンの「Your Song」は
君がこの世界にいるって
なんてすばらしい人生なんだ、と歌います。
この歌も同じような気持ちになります。
really sayingというとこで
ドバーと涙があふれます。
自分がこの世を去るときに
どう思っていればいいのかというと
こんな歌のようなことを思っていたいなぁ。

そのreally sayingという歌詞にみちびかれる
I LOVE YOUにハートマークがついてたんですね。
(みちかぶら)さんがいるだけで
目の前がすばらしい世界になっていたのでしょう。
そりゃあ心に残っちゃうなぁ、もう。

まず、この歌は強いなぁ。
どんな思い出も、
バックに流れているのがこの歌だったら、
つらくても、悲しくても、
最後には笑顔になれるような気がします。
その意味では、年上といったって
当時二十歳前後に過ぎなかった彼が送ったのが
この歌だったことに拍手です。

ああ、テンポとか、イントロの短さとか、
ほんとにすばらしい曲だ。

恋というのは、
終わる直前までは終わっていないものだから、
終わらされたほうにしてみると、
すぐそこにまだ見えてさえいる境界線を
簡単にさかのぼって跳び越えられると
つい、思ってしまうんですよね。

そういうふうな、決して戻れない線を、
いくつもいくつも跳び越えながら、
みんな大人になっていく。
だからこそ進むことができるというのは
ちょっとうまくまとめすぎでしょうか。

いかん、BGMがいいせいで、
ワンダフルな考えになってしまっている。

ぼくが英語で唄える数少ない曲のひとつ、
「What a Wonderful World」。
そういう人、あんがい多いんじゃないかなー。
ついサッチモのモノマネになっちゃうのは御愛嬌、
やりすぎると咽喉をいためます。

恋の歌というよりは、愛の歌。
それも広い意味での愛の歌かなあって思います。
だからもちろん、
恋人たちの風景にもすんなりとけこむ。

この曲のなかのI love youは、
ともだちどうしが相手を思う気持ち。
日本語に訳し切れないI love you、
でもloveとしか言いようのない気持ち。
ああ、いい曲だなあ。

別れを決めた彼の気持ちはわからないけれど、
(最初は受験のためと思ったのかもしれないけど)
彼のことだもの、(みちかぶら)を思って、
きちんと考えたうえでの結論だったのでしょうね。

そして、誰かにとってこんなふうに
永遠の存在になれるってすごいなあ。
なんだかちょっとうらやましいです。

みなさまよい週末を!

2014-05-24-SAT

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