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 『LOVE LOVE LOVE』
 DREAMS COME TRUE

 
1995年(平成7年)

わたしは歌が
にがてでした
(あーちゃん)

ねぇ どうして
涙が 出ちゃうんだろう…


わたしは歌がにがてでした

教室の真ん中でわいわい
昨日みたという音楽番組の話で
盛り上がるクラスメイトたち

うらやましいなあ
いいなあ

わたしは教室の端っこで
ひとりで本を読むしかなく、
まんなかにいきたいなあと思いながら、
当時仲良くしてくれるのは本ばかりで、
歌はまぶしくて遠くて、憧れるのに、
ちょっとにがてなものだったのです

ただ、そんなわたしにも、勉強しなさい、と
行くことになった塾でやさしいひとに出会いました

その人はウルトラマンがすきな弟のため、
音楽番組をみれないわたしにもわかるように
「これ好きなんだ」と
自分のカセットプレイヤーの片耳を貸してくれました

初めて耳にした歌はすこし切なくて、
まるで片方を貸してもらった
わたしの嬉しさやくすぐったさや面映さを
知っているかのようでした

イヤホンをした片耳が熱くてくらくらしそう
心臓がばくばくいってたおれちゃいそう
こんなにくるしいのに、わたし、しあわせだ
こんなのはじめてだ

そんなことを思いながら
わたしの好きな歌は? ときくその人に
わたしはいっぱいいっぱいになりながら、なんとか
「次の塾のときに教えるね」とゆびきりして
別れたのです

家でウルトラマンをみながら勇気をだして
お母さんに言いました

お母さん、わたし、歌がききたい

そう言ったわたしに何か感じたのか母は
「お母さんが好きなの渡すね」と言って
いくつかCDを出してくれました

大事にしていたものなのか丁寧に、
それでもすこし前のものなのか古く見えたそのCDに
最初は戸惑ったけど、どうしても約束をまもりたい

そう思い出会ったこの曲が歌うのです

ねぇ どうして…
涙が 出ちゃうんだろう

自然とそのわけが幼いながらにわかったのは、
あのころ、わたしが恋をしてたからだと思います

その人の横にいるときのわたしの気持ちの名前を
知っているかのようなその歌は、
今きいても、あのときの恋をしてた瞬間を思い出します

そう、恋をしてたんです

これがね、すきなんだ

そうやって渡したこの曲がわたしの精一杯の告白でした

それ以来、たとえクラスの端っこでも、
仲間に入れなくても、
きっとまんなかにいるあの子たちも
こんな風に聞いてるんだろうなあ

そう思うと直接話せなくても端っこでも、
なんだかちょっとさみしくなくなりました

ありがとう

あのときあなたが片耳を貸してくれたから
わたしはひとりでもさみしくなくなりました

ありがとう

あなたがくれた気持ちのおかげで
わたしは歌をすきになれました

今日もわたしの鞄にはたくさんの歌が
そばにいてくれています

(あーちゃん)

弟がウルトラマンを見てたから、
歌を知らなかったおねえさん。
きっと家族思いで、やさしく、
あまり自分をさらけ出さない方なのでしょう。

おかあさんからもらった歌の一節に
自分の気持ちを発見するところは
うつくしく秘めた心のなかのことばを
読ませていただいているような
気持ちになりました。

勇気を出しておかあさんに
「歌がききたい」とおっしゃったことは
やはり、変換点だったように思います。

彼が音楽に近づけてくれたのは事実ですが、
人を変えるのは、いつも
「殻をやぶる自分の勇気」
のような気がします。
何かを越えていく、というか。

文学や音楽がなかったら
ぼくの十代もつらかっただろうなあ。
それはほんとうに必要なものでした。
水みたいに必要だった。
なかったら倒れてたと思います。
あの頃読み耽った本、聴きまくった音楽は
いまもたからものです。

(あーちゃん)さん、とてもいいメールを
ありがとうございます。
何度も読み返しています。

いろいろ素敵なぶぶんはあるけれど、
でも、やっぱり、
「お母さん、わたし、歌がききたい」
のところで、心がぎゅっとなります。
ほかのぶぶんもいいけれど、
そこで話がおわっちゃってもいいくらい、
読むたび、泣きそうになります。

なんだか、影響されて、というか、
お話がこころから去らないので、
ひらがながふえてしまった。

どうもありがとうございます。
きっと、みんな、
読んでいい気持ちになると思うなぁ。

なんだろう‥‥ぼくはこの投稿にとても感動しています。
すこし内気な(あーちゃん)さんが綴る、
たぶんこれは初恋のお話ですよね。
独特な文体の一行一行が、じわじわと胸に響きます。

イヤホンをしたときの片耳の熱さ‥‥。
大事なCDを娘のために貸してくれるお母さん‥‥。
「これがね、すきなんだ」という、ことば‥‥。
ああ、なんてすてきな初恋でしょう。

恋をして、ある曲に出会って、
「なんだかちょっとさみしくなくなる」
‥‥いいなぁ。

ひとつのイヤホンを片方ずつつけて音楽を聴いている
若いカップルを電車などで見かけることあります。
いいものですね。
「いま精一杯の想い」みたいなものを感じます。

みなさんの投稿で、
またひとつ心が豊かになれた気がします。
ありがとうございました。

次の更新は水曜日です。
またお会いしましょう。

2014-07-12-SAT

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