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 『檸檬』
 さだまさし

 
1978年(昭和53年)

ただそれだけでした。
ただそれだけだったけど、
とてもしあわせでした。
(もも吉)

消え去る時にはこうしてあっけなく
静かに堕ちてゆくものよ


高校2年の春、クラス替えで
初めて同じクラスになった男子を好きになりました。
どちらかと言えば「真面目」な私にとって、
いつも先生に反抗的な態度をとったり、
授業をサボったりする彼は、
「別の世界」のひとでした。

ある時、数学の授業中、
当てられて教室の後ろの黒板に
長い式を書きながら答えを導き出そうとしていた私は、
書いているうちにその式が
どこかでおかしくなったことに気付いて、
チョークを持つ手が止まりました。
最初から見なおしてもどこでまちがったのかが分からず、
どんどん焦ってきて、
「どうしよう、どうしよう」
と心のなかで思っていました。

すると、一番後ろの席の彼が小さな声で
「上から◯行目のプラス(+)が
 マイナス(―)なんじゃない?」
と教えてくれました。
新学期が始まってひと月たった5月はじめのこと。
それまで一度も話したことがなかった彼からの助けに、
「えっ?」とびっくりして、
「あ、そっか」というくらいで、
「アリガトウ」も言えませんでした。

それ以来、私は彼のことを目で追うようになりました。
でも、どんなにがんばっても共通の話題なんてなくて、
彼が友達としゃべっている声を聴いているのが精一杯。

それが、5月も終わる頃の体育祭の打ち上げの日。
お好み焼き屋で席が隣になって、
でも、話しかけられなくて、
彼も話しかけてくれなくて、
もう打ち上げも終わりに近づいたころ、
リレーでゴボウ抜きをして一位になった私に
「足、速いんだね。すげー、かっこよかったよ」と。

それをきっかけに、少しずつ、
「普通に」会話ができるようになりました。
でも、ただそれだけでした。
ただそれだけだったけど、とてもしあわせでした。

そして、夏休み。
秋の文化祭でクラスで映画をとることになり、
毎日「ロケ」をしに行く日が続き、
もちろん好きな人と一緒にいられる喜びに
満ち溢れた日々を送っていました。

それが何日か経つころ、気づいたのです。
彼の視線の先に、
クラスでも人気の素敵な女子がいることに。
いつも彼を見つめていた私には、わかりました。
「ああ、彼女のことが好きなんだな」と。
でも、彼女には当時付き合っている人がいたので、
彼も、私と同じ、片思いでした。
私が彼を思うように、彼は彼女を思う。
どんどん、どんどん、つらくなりました。
ロケを休もうかとも思ったけれど、
でも、それでも、彼に会いたかった。
顔を見ていたかった。
声を聴いていたかった。
話もしたかった。
彼も彼女に会いながら、
私と同じようにつらいのだろうな、と思うと、
よけいにつらかった。

そんなとき、ロケ班数人で
御茶ノ水に買い出しに行く日がありました。
私と彼もその中にいました。
そして、御茶ノ水の聖橋を渡りながら
彼が口ずさんでいた曲が
さだまさしの『檸檬』。
彼がさだまさしの歌を好きなのは知っていて、
私もいっぱい、いっぱい、聴いていました。
「消え去る時には こうしてあっけなく
 静かに堕ちてゆくものよ」
そのころの彼は、
彼女に気持ちを伝えてふられたばかりだということを、
私は知っていました。この歌詞を彼の気持ちに重ね、
そして私の気持ちにも重ねて歩いたことを思い出します。

あれから30年以上が経ちました。
いつのころからか、毎年、年賀状のやりとりはしていて、
2年くらい前にクラス会で会った彼は白髪も目立ち、
当時とんがっていた面影はなくなり、
それでも並んで歩いたときは
高校2年のあの頃のほろ苦さがよみがえってきました。
当時、私は彼に気持ちを伝え、
かなうことはなかったけれど、
あんな気持ちで好きになれる人に出会えて、
ほんとうによかったと思っています。

(もも吉)

『檸檬』は「れもん」と読みます。
たしかサブタイトルにひらがなで
そう書いてあったんじゃないかな。
ぼくが最初に聞いたのは
収録アルバムの『私歌集』で。
(その後、シングルになりました。)
『私歌集』は 「アンソロジィ」って読みます。
『秋桜』(百恵ちゃんへの提供曲!)や
『案山子』『主人公』などの名曲ぞろい。
そんななかで『檸檬』。
たしか小6か中1だったぼくには
難しい曲だったけれど、よく聞きました。
(もも吉)さんの投稿では、
My恋歌ポイントが
「消え去る時にはこうしてあっけなく
 静かに落ちてゆくものよ」
と書かれていたのですが、調べてみたら
「堕ちてゆくものよ」でした。
もっと難しい曲だったんだなあ。
さらに、(もも吉)さんの記憶の歌詞は
シングルバージョンのもの。
アルバムバージョンでは
「消え去る時には こうして出来るだけ
 静かに堕ちてゆくものよ」
となっていて、その後のライブなどでは
アルバムバージョンで歌われることが
多いみたいですね。

わたしの好きなひとは
ちがうだれかを好き。
つらいですよね。
いつふりかえっても、ほろ苦くって、
忘れられない(忘れたくない)思い出です。

好きになったきっかけは、
黒板で解答中に助けをくれたこと。
その瞬間からじわっと広がる恋の気持ちに
すごく共感しながら読みました。

ふとしたときにやさしくしてもらったら、
それが種のようになって、すくすくと育っていきます。
その「やさしいことをするしかた」が
彼の本質に近いところから出ている分だけ
その根は深くなる。
逆に考えれば
「だからそんなふうにしょっちゅう
 やさしくしちゃだめなんだ」
とも言いますが、
キャッチするのは、好きになる側なんですよね。
そんなふうに好きになった人がいるのは
自分がそんな人を求めていたんだなぁ、と
昔の恋を懐かしく思います。

もちろん告白なんてできないし、
そもそも自分の気持ちに
確信が持ててさえいないけど、
その人を目で追うことはできる。

こっそり「目で追う」というのは、
恋愛のはじめの一歩だと思います。
勇気がなくてもなんとかなるし、
罪悪感や恥ずかしさもないし、
なにより、自分なりにすごく工夫できるのが
「目で追う」の、いいところですよね。

いつも「目で追う」からこそ、
彼の「目の先にいる人」に気づいてしまう。
切ないけど、その切なさがいいなあと
思いながら読みました。

あと、何気に、年賀状で30年近くやりとり、
っていうのもすごいなと思いました。
年賀状だけでつながってる関係って、
ポジティブな意味で、ありますものね。

肯定的な締めくくりが、とてもさわやかな読後感。
ここに寄せられる投稿は、
この傾向がぜんたいにありますよね。
30年前の、かなわなかった思い出を、
いまも大事に前向きに、こころにしまってある。
あらためて、いいなぁと思います。

(もも吉)さんはおそらくぼくと同世代。
ぼくも高校のころ『檸檬』という曲が大好きでした。
武井さんも言ってますけど、
『私歌集』はたいへんな名盤だと思います。
『檸檬』を好きだった彼ですから、
そりゃあもう、きっと、やさしくて明るくて、
ナイスな人だったんでしょうね〜。
と、ついつい贔屓目で思ってしまいます。
そのくらい特別で、大好きなアルバムです。

すてきな投稿をありがとうございました。
高校時代のほろ苦さ、
読んでいるこちらにもよみがえってきました。
‥‥みんな、なにしてるのかなぁ
‥‥元気でいますように。

関東地方は梅雨明けしました。
ことしの夏もあちこちで、
いろんな思い出がうまれるのでしょうね。
それでは!
次は土曜日にお会いしましょう!!

2014-07-23-WED

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